レディ・プレイヤーワンとパシフィックリム・アップライジングを観てきました(※パシフィックリム・アップライジング編)

「パシフィックリム・アップライジング」は前作が東宝と円谷特撮映画&テレビシリーズへのオマージュだったとしたら、今回は良くも悪くも完全に東映とピープロのアニメ&特撮テレビシリーズで、同時にエヴァンゲリオンをアメリカが実写化したら戦闘場面はどうなるかという予行演習にも見えました。
(以下はネタバレになるので読む方は反転してください)

とりあえず、決戦の地は地理的状況を見ても第三新東京市です(笑)
第三お台場(仮称)に立ったまま動かないイェーガーが一機いましたが、次回作は何とかしてくれるでしょう(笑)
今回ある意味敵が出てくる理由とかは、いかにも東映っぽいですし、初っぱなに出てきて後半大活躍するのはどう見てもボスボロット(笑)。
ただ、一機だけグレートマジンガーなのかしらと思っていたら実はブラックオックスでした、というのは楽しいサプライズでした。
あとガーディアン・ブラボーのマツモト14号っぽいのはなんでだろうと思ったら……等など、色々入っておりました。
イェーガーたちの共闘は「マジンガーZ」原作版に出てくるマジンガー軍団そのままな雰囲気で、これはこれで楽しかったです。
前作にあった重いモノをスッパリ棄てて、ひたすら明るく楽しくくすぐりの部分も多く……「東京」の場面でとあるものがちらっと映ったり、前作のイェーガーの拳がインテリアに当たるユーモアの拡大版があったり。
決戦場への移動手段はGガンダム最終回でロボジョックスでしたし、クライマックスへの移動手段は私らの世代にとっては「ジェットスクランダー出現以前のマジンガーZだ!」で、若い世代にとっては「フォーゼだ!」だったり。

ただ、それらを除くと、驚くほどキャラ立ちがなく、物語は観客にロボットバトルとBGM以外の高揚感や感情移入、モチベーションを与えてくれない作品です(これは110分の上映時間にまとめる際の大幅カットがあるから、とは思いますが)。

スクラッパーの製作者の女性キャラは後半「一癖も二癖もありそうだったけど大して何も行動しない」ほかのパイロットキャラ達に埋もれてしまうし、ジョン・ボイエガ演じる主役は行動のモチベーションが不明なままなんとなく戻ってなんとなく再びイェーガーに乗り、なんとなく最後「オヤジほど立派な演説は出来ないが」と前置きして演説して敵を倒す、という感じです。

無理やり「興行的配慮で」善玉キャラになるようにしか見えない財閥のお嬢様(あそこでお嬢様は協力者ということにして、スクラッパーに乗るのは制作者の女性キャラと最初対立した金髪の人であってほしかった)や、マコの戦死後、指揮をとる司令官代理もどんな人かよくわからないまま殺されたり「実は」で立ち位置を変えるので、盛り上がらないこと夥しい作品となりました。
決戦の地が日本、というのもタダの言い訳に見えるほど距離感が雑ですし(だから最初決戦の地は第三新東京市、と書いたわけですが)、ユニコーンを映すぐらいなら、日本側に伝説の機体となったジプシーデンジャーが修理保存(あるいは再建造)されていて、という展開がよかったと思います、ええ。
とはいえ、今回から完全にマイケル・ベイのトランスフォーマーよろしくフランチャイズで続編ガシガシやりますよ!という体制が整ったので次はどうなるのか、ここからどう盛り返すのか注目したいと思います。
あと、ヘルボーイさんは今回出ませんでした。残念。

見終わった後も基地内見物をして、変なノートを買ったりしてました。

「レディ・プレイヤーワン」と「パシフィックリム・アップライジング」を観てきました(レディ・プレイヤーワン編)

基地の中に「レディ・プレイヤーワン」と「パシフィックリム・アップライジング」を観に行きました。
英語のヒヤリングがまったく駄目な人間ですが、前者は原作を読み、後者は前作を見ているのでなんとか理解出来るだろうということで(笑)
「レディ・プレイヤーワン」はスピルバーグらしい手慣れた娯楽活劇で、原作の前半と中盤部分を大胆に省略して、未来社会のディストピア描写と主人公の底辺生活のところを削り、人死にも減らして、メインはVR世界における人死にのない大戦争&2時間あるDAICON4OPアニメ、に絞り込んだのが上手いなーと。
途中主人公たちが危機を切り抜けたり逆転したりする仕掛けに作る側にいる人間としては「えー!そんなヌルくていいの?」と思わないでもないんですが、そこはそれ、「何を見せたいか」がはっきりしているので、観客として納得は出来るという。
あと「VR内部の描写は未来社会なのにあの程度……ではない」という解釈はズルさと上手さの中間で、この辺は脚色の人とスピルバーグのセンスなんだろうなあと。
ただえーとですね、とりあえずですね。あれだけ予告等々で期待させてたガンダムに関しては言いたいことが山のようにあるんですがそれはまた公開後に(笑)
個人的に原作との相違で一番残念だったのは、「仕事をえり好みしないキティ姐さん」を保有するサンリオは当然ながら、東宝とサンライズとバンダイの版権は説得出来ても、「義理欠く恥欠く人情欠くの三角マーク」な東映は難しかったのねえと。
原作通り量産型エヴァ軍団とミネルバX、レオパルドンは出して欲しかった。スポーンも出たのに!
あと、クライマックスの重要アイテムはこれでした。

 

黙祷と追憶と恥の告白

起き抜けに、中学、高校時代の数少ない知り合いが亡くなったと知りました。
去年の12月だったらしく。
大きな人でした。
まずその体格が。
180センチぐらいはあったでしょうか
木訥ながら優しい奴で、また模型好き。
それもただの模型好きではなく、高校1年生の段階でプラ板だけで見事な 48分の1ぐらいのガンダムの頭や、同じく大スケールのダグラムのターボザックを作っていました。
「手が大きいからさ、市販のものじゃ小さいんだよね」
そう言って笑っていました。
模型雑誌でしかそれまで見たことのない「プラ板職人」とでも言うべき人が自分のすぐ側にいるというのは感動し、同じ中学に通い、私ほどではないにせよ、彼も趣味や外見の特異さをしょっちゅうからかわれてました。一時期は本土の牧師の人に引き取られていたらしく、そこで何を見たのか、経験したのか「神様とかそういうのを信じる人はろくでもない」ということを一度だけ、耐えきれないように口にしたのを覚えています。
中高生というのは夢が大きいもんです。
当時にはよくありがちでしたが、手を動かすよりも実際のSF大会やコミケに参加した時の体験を吹聴する人物が頂点で、ほかは資料や理論、知識を丸暗記して自慢することが多い周囲において(私もまだそのころはそういう人たちの群れの中でした)、彼はオタクの友人としては数少ない、しかもモデラーとしては唯一の「手を動かして作品を作る人物」でした。
彼に対しては恥ずかしい話があります。
高校の時、持久走大会があって、一緒にドベを走ってましたが、最後の最後、追い抜いてやろうと悪い心を起こして走った私を、にやっと笑うとあっという間に追い抜いてしまいました。
つまり彼は私に合わせてくれていたのです。
「何も言わずに抜けがけするなよ」
ちょっと呆れたように彼に言われ、恥じ入ったのを今でも覚えています。
高校を卒業してからは進路も違うため、なんとなく疎遠になり、10年ぐらい前に行き付けの模型屋さんで再会したとき、彼はまだモデラーをしていました。
あの頃作っていたものは、と尋ねると「あの頃は補強技術を知らなくて、作っては途中で壊してしまって、の繰り返しだったんだよ」と笑ってました。
「今はちゃんと完成させてる」とも。
そしてキット制作だけではなくフルスクラッチも続け、四分の1のマシーネンクリーガーなどを作っていました。
これがその一部。沖縄のマシーネン展示会に来られたことのある方は看板代わりのこのスーツを見たことがあるはず。

(写真は「niagalastudioの仮住まい」さんよりお借りしています)
私の「あそびにいくヨ!」がアニメ化された時、何も言わずに小説にのみ出てくる見事な「ルーロス改」をこんな風に作ってプレゼントしてくれました。
完全なフルスクラッチ。

設定通りのボディライン、オマケにタイヤカウルの上にある招き猫の小さなフィギュアまで! 驚く私に
「まだ作り込みが甘いから今度新しく作るよ」と行き付けの模型屋でたまにあうと、恥ずかしそうにそう言ってくれてました。

亡くなったのは去年でとっくに葬儀も終わったとか。
今年の沖縄のマシーネンクリーガーの展示会に私は行くことが出来ず、てっきり彼は来ているのだろうと思い込んでいましたが、実は出品どころか顔見せさえしておらず、主催者の方が気になって確認したところ亡くなったことが判明したと言うことで、私の所にも知らせが来ました。
残念でなりません

まだまだ彼には作りたいものがいっぱいあったと思います。

私も彼の作る模型を見ていたかったし、彼の目に叶うようなメカが出てくるような作品を書きたいと思っていましたが、それはもう叶わぬこととなりました。

本当に、残念です。

半世紀近く前の沖縄→本土間の旅行のお話

 

親しくさせていただいている年上の方が二十数年ぶりに引っ越しとなりまして、少し前に亡くなられたその方のお母様が、色々と大事にモノを補完保存するという、昭和世代にはありがちな理由で色々なモノが出てきまして、処分する際に幾つかをお譲りしていただきました。
これは1970年、かの大阪万博に沖縄からその方のご一家が観光旅行に出向いたときの「思い出の品」の一部。
当時の観光旅行社から配られた日程表(および注意書き)と「観光のしおり」的小冊子、および万博会場で購入した絵はがきです。
日程表と注意書きはこんな感じで「服装」と「パスポートの管理方法」があるのが当時の沖縄の状況と(当時はアメリカ占領下にあるので外国扱い)、地方の日本人にとって、如何にまだ旅行というものが一般的な娯楽ではなかったか、という記録だと思います。
なお、那覇空港、那覇港、泊港の待合室、ロビーの案内図は当然現在のモノではありません(どちらも20年近く前に建て替え)。

そして、この「万博手帳」という小冊子がついてきました。
丁寧な日程表の他にこういうものがついてくると言うのは今では信じられない話ですが、それだけ「県外に出る」ということが如何に珍しく大変だったかを示すと思います。

 

服装の注意などの他、免税品(当時沖縄はアメリカ領土なのでウィスキーや煙草、缶詰類は定番のお土産でした)の持ち込み量の注意があるのが時代ですね。
またこの頃から「夏は本土のほうが暑い」という感覚があったことがうかがえます。
また、万博内施設の案内やエキシビジョンの時間、入場料などの細かい料金まで記載されています。

中でも個人的に一番驚いたのが巻末近くにある船の運賃表と飛行機の料金表でした。
東京まで往復で151ドル!
一ドル360円時代なのでつまり5万4360円。
たしか当時の大卒初任給が4~5万円ですから、1ヶ月分以上が飛んでいく計算に……消費者物価指数で換算すると現在の17万以上、給与比率で換算すると27万越え!! ファーストクラスではなく普通席で!
さらにこれに宿泊施設の費用がかかるわけですから一人旅でも、現在の感覚で30万~40万ぐらいかかる感覚でしょうか。
この12年後、私も一人旅で東京に行き二週間滞在しますが、その際父に「宿泊先は殆ど知り合いや従兄弟の所だったから安く済んだけど、それでも30万ぐらいかかった」と言われました(その年の頭、長患いの果てに母が死に、父は入院費や治療費の精算もかねて夏前に友人たちと起こした会社を辞めましたから、その金が出せたのはそのタイミングだったから、というのもあるんでしょう)。
ちなみに2018年の現在、私が上京する際はこの数年、ビジネスホテルの部屋を一週間近くをとって往復ひっくるめて7万前後ですから…うわあ。

確かに我々は未来に生きているといえるなあと思いました。

「リラム~密偵の無輪者~」電書版が現在半額、もしくは半額以下になっています!

「リラム~密偵の無輪者~」

 

「カミカゼの邦」の電子書籍版半額セールが終了したと思いましたら、今度は「リラム」が半額セールの対象になっております。
しかも今回、AmazonのKindleだけではなく、以下にある複数の所での半額セールです!
歯ごたえがありすぎるファンタジーと評判のこの異世界スパイアクション、如何でしょうか?

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Amazon (紙&電子書籍)
BookWalker(紙&電子書籍)
BookLive(紙&電子書籍)
e-book japan (電子書籍)
DMM(紙&電子書籍)
Reder Store(電子書籍)
紀伊國屋(電子書籍)

内容は以下の通りです。興味が湧いた方は是非!

神々と魔法が去り、宗教が意味をなさなくなった世界。
魔法のような技術と、神々でも溶けぬ経済仕組みは残った世界。
人々は全てを経済によって取り仕切り、「王」の呼び名が失われ「位主」に変わったことさえ、人々が忘れたころ。
かつて国を為した組織は経済集団と定義され「圏“エスティズ”」と呼ばれるようになっていた。
東にあるヒウモト圏の位主=将位主の継承第二位のレイロウ・トクゼは自らその権利を放棄したにもかかわらず、頭脳の冴えゆえに、現将位主である兄からは却って疑われ、暗殺を避けて南の果て、ロキオルス圏に亡命していた。
しかし、ロキオルス圏位主官の娘マリエイラを房中術でもてなしながら隠遁生活を過ごすレイロウの下には、いまだ兄の殺意が貿易商の形となって伸びてくる。ある日、レイロウはマリエイラから、圏が侵略の危機にさらされる前にと、ヒウモトとの外交補佐に紛れた諜報を依頼されるのだが―。

ノベルゼロ紹介ページ

「レディ・プレイヤー・ワン」というタイトルが格好いいのに何故か日本で出た原作は「ゲームウォーズ」なんてタイトルになってまして(挿画は凄く格好いいんですが)。
お話は今から数十年後の未来、アメリカにおける貧乏長屋であるところのトレーラーハウスが積み重なってしまうような時代、そこに住んでいるオタク少年が主人公の物語。
貧乏で、小太りで(映画はここが最大の違いです)、ダサくて、でもこの世界には唯一「夢」が残されていました。
それは全人類に対して開放された電脳空間。そこに接続さえできれば平等に教育を受けることができ、お金を稼いでグレードアップしていけば更に素晴らしいことを体験出来るわけです。
しかもこの電脳世界は成長と進化を続けるというおまけ付き。
それを作った世界最高の頭脳にして大富豪は死ぬ時に「この世界を全て引き継ぐことのできる宝と、そこへ繋がる鍵をばらまいた、全部の鍵を見つけ出して、宝を取って見せろ」という遺言を残しています。
世界中の誰もが、この巨大な電脳世界を手に入れるため(そこからもたらされる富と未来は正に無限大なのですから!)、その大富豪の過去や思考を研究し、彼が少年~青春時代を過ごした80年代~90年代に強烈なこだわりがあることを突き止めます、が。
誰も最初の鍵すら見つけられない。
貧乏故にこの電脳世界を飛び回って鍵を探すことに参加出来ないまま、悶々と日々を過ごしていた主人公は、その立場故にふと気付いたことがあり……というお話。
この大富豪のこだわりと、その宝を巡る熱狂の故に、数十年後の世界なのに皆80年代~90年代文化を研究し尽くし、それが一種のブームにさえなっているという設定で、色々面白いくすぐりが出てきますし、「鍵」を巡る試練もまたそれに絡んだものが殆ど……でも、ただのオタクネタ小説というわけではなく、電脳世界を欲しがるのは個人ばかりではなく、国際企業、政府機関も、ということで陰謀の中、主人公は成長し、仲間を見つけ、戦っていくという内容にもなっています。
映画化は不可能、と言われたのはこのカルチャー系のネタを映像にしなければ面白くないけど、版権処理が大変、というわけでしたが、どうやら予告を見る限り、かなり頑張ってクリアしているようです。
クライマックスではスパイダーマンのレオパルドンやミネルバX、ガンダムにライディーンがエヴァ量産機や初号機、ゴジラシリーズの「機龍」と戦うというクライマックス場面があるんですが、さて何処まで再現出来るか、そしてちゃんとドラマをどう見せていくのか、楽しみですね。

沖縄コミコンまでの数日間

2017年10月12日
愛用していたクロックスの底がすり減って、穴が開きそうになっているので、新しいのを買いに行く。
中途半端な値段ものより、と言うことで一番安い980円の安物を買ってみる。
コミコン出品用(今回も去年に引き続き模型サークル枠なので)に三日前からチマチマ組み立て、スプレーでオリーブドラフ塗装まではしていたメタルボーイ製SD版デストロイドモンスター(数年前WF会場で購入)を完成させる……が、最後の仕上げ段階でシタデルの塗料が死んでいて、塗膜が透けて厚塗りになり偉い酷い出来になってしまう。
ウェザリングでもごまかせぬ。筆ムラも酷い。再塗装だなあ。
腰痛までし始めたのでさっさと寝る。

2017年10月13日
今回沖縄コミコンに参加なされる横田守さんかQuestionNo6さんたちにお会いしたときのためにぶたりめとちんすこうを購入。
いつのまにか「ぶたりめプレミアム(牛で作ったぶたりめという、豚肉で作ったあたりめ=ぶたりめという名称からは本末転倒だがとても美味しい)」が製造停止になっていることを知る。
那覇市の模型屋「みぶろやさん」によって昨日塗り損ねたモンスターの再塗装用にシタデル再購入。
Vカラーも扱いはじめたのは有り難いが、今は手を出せない。
明日、もう一点(ハコルーム)の内容点検をして、新規であと二部屋組み立て、屋根作って再塗装して終わりにしようと思う。

2017年10月14日
再塗装開始デストロイドモンスター完成。完成と言ったら完成。物作りは締め切りに対する諦めが肝要。
出品予定のもう逸品、バンダイのこさえた対シルバニアファミリー駆逐兵器「ハコルーム」の部屋を二階建てにするつもりだったが、もう一部屋作る気力がないので、屋根を延長パーツで誤魔化して三部屋に変更。Question No6さんが来ることに引っかけて、ドクター・フーの「ターディス」とうちのアシストロイドを配置。
移送用の箱を作り、スタイロフォームなどで移送中に固定できるようにする。

11時に寝るつもりがなんだかんだで2時に就寝。

「カミカゼの邦」について:その2

「クリミナル・マインド」というドラマがあります。
ご存じない方に説明すると、アメリカではかなりヒットしているテレビシリーズで日本でも人気があって、今12シーズンまで放送されてます。
そのシーズン9だったか、10だったかに「なんで昔のお伽噺は残酷だったか」という話があります。
その中で答えの一つとして出されるのが「子供たちが残酷な出来事に直面しやすかった昔は、お伽噺を語ることによって、前もってそのショックを和らげる必要があったから」というものです。
確かに昔のほうが警察も司法制度もなく、お伽噺のモデルになるような残酷な事件が「事件」として認識されず個人の「災難」として処理されることが多かった……ということが最近歴史研究の上では明らかになりつつあります。
翻って現在、子供たちが残酷な目に遭えばそれはすぐ……例外はありますが……司直の手が入り、行った者たちは批難されるようになりました。
ですが、残酷な出来事は人間が生きている限り存在します。
残酷な描写のある小説、マンガ、テレビドラマ、映画などの娯楽というのはそういうものに対する心構えを作る「今のお伽噺」なのかもしれません。
私が今回書いた「カミカゼの邦」はそういう意味でお伽噺です。
今現在、私が「そうなってしまったら怖い」と思う事を全てつっこみました。
例えば、それは沖縄が再び戦火に巻きこまれて誰かに(あるいは自分に)死が訪れたり、または日本という国が巻き込まれ、引き裂かれ、死んだほうがマシだと思うような恐怖や傷病に苛まれたりすることをも考えた「未来への恐怖」です。
ただ、悪夢を提示して世界は終わりだ、行き止まりだと叫ぶのは、それもまたウソだとも思います。
この世の終わりのようなことがあっても、人間は死ぬまでは生きていくのです、自動的に、あるいは受動的に。
私の父は酒と煙草を死ぬまで手放せず、そのために寿命を縮めましたし、当人も50を過ぎてから「俺はすぐ死ぬから好きにさせろ」と口癖になっていました。
が、それでも76まで生きていました。
人間は「うっかり死ぬ」よりも「うっかり生きる」ことのほうが多いのです。
だから「それでも生きていく人間」を描くことも同時にこの作品の目的になっていました。
政治的な「左」「右」の話ではなく、どの国に自分が所属しているか、でもなく、ただ「過酷な状況が発生するであろう状況に常に置かれている場所でそれが起こったとき、どういう風に世の中が変わり、自分たちが変わって行くか」という恐怖とそれでも生きていくことへの覚悟を描いたつもりです。
さらにもう一つテーマがあります。
人間は出自とか過去を背負い、それから逃れることは出来ず、しかし他の人間と関わることをしながら、何を見、考え、何を選んでいくかによって自分で自分を作り上げていき、そして最後は残る、残らずにかかわらず、また主義主張や思想、善悪にかかわらず、何とか己の生きていた証を世界に残そうとする……哀しくもおかしな生き物ではないか? ということです。
仏教の言葉で言う業や宿痾、という言葉が一番近いのかも知れません。それも描きたかったテーマなのです。
だから今神野オキナが出来る「全部のせ」であると同時に、バランス調整もできうる限り施した、これまでの20年で構築した作家技術を全て注ぎ込んだ大娯楽作品となっております。
1900円分、しっかりお楽しみ下さい。それだけのものになっております。

「カミカゼの邦」という作品を書きました。

お疲れ様です、神野オキナです。

この度「カミカゼの邦」という作品を書きました。
「あそびにいくヨ!」が終わり「疾走れ、撃て!」も完結して、以来、基本コメディ方向への作品ばかり連ねてきました。
「EXMOD」と「リラム~密偵の無輪者」はシリアス系に属しますが、あまり黒いお話にはせず、基本プロフェッショナルだったり、「人との関係性の変化」をメインにした切なさをテーマにして描いてきました。

これには「あそびにいくヨ!」開始から干支がひとまわりして新しい、若い読者のかたに向けて書いているというのもあります。
この辛いご時世に、ライトノベルにおいてまで辛い話は読みたくないよね、という思いもあります。
そういう意味で一番明るい方向に振り切ったのは「エルフでビキニでマシンガン!」ですね。
これはこれで楽しいですし、本来ライトノベルの人間ですから作りがいもあります。

ただ、時代に合わせて「使わない道具」というものも出来てくるわけです。
いえ、ペンだとかノートだとかという意味ではなく、単純に、レーベルごとの空気に合わせた微調整の方向性……ジャンルだったり描写だったり、キャラクターだったりという意味ですね。

今回の「カミカゼの邦」はそういう意味では「シックスボルト」以来、久々に自分の中にある色々な感情や思考を解放した作品となっています。

フルアクセルを踏み抜きました。

表現方法も、ストーリーもキャラクターたちも、一切手加減をしていません。
久々に、を乗り越えて、これまで踏み込んだことのない領域です。

日中が戦争するかも、という、沖縄に住んでいてこの10年、急速に膨らみはじめた悪夢と、それがもたらすであろう被害と闘い。
戦後、そこから派生するテロ、そしてwebが生み出す新しい人間同士の繋がりや利害関係のシステムと、「あり得そうな明日」を描くことにしました。
そして神野オキナ作品には珍しく「チームもの」になっています。

扱うものは戦争、テロ、復讐、虚無、欲望、愛、セックス……やりたい放題にやらせて貰いました。
普段の4倍、原稿用紙1200枚を超える初稿を仕上げるのに、たった2ヶ月しかかからなかったところを見ると、どうやらかなり、私は色々なものを鬱屈させていたようです(その代わり書き直しや整理に時間を取られましたが)。

そして、なんという奇跡かただ暗いだけ、陰鬱なだけではなく、読み終わった後に爽快感が得られるような作品が生まれました。

これまでの神野オキナ作品にはないタイプの主役ですし、脇役たちですし、物語になったと思います。

単に長いのではなく、「読み応え」のあるものが出来ました。発売までもう少しお待ち下さいませ。

※書籍データ

カミカゼの邦(かみかぜのくに)
著者 神野オキナ
発行 徳間書店
四六版
ISBN 978-4-19-864450-5
発売日(予定) 2017年08月29日
販売価格 1,900円 (税込 2,052円)