短篇が「ナイトランド・クォータリー」に掲載されます

アトリエサードさんが発行している季刊ホラー小説誌「ナイトランド・クォータリー」の11月末日発売号(VOL.15)において久々の短篇「白い船」を掲載させていただいております。
沖縄を舞台にしたホラーとしては16年前に出た創元社さんの「秘神界」歴史編における「五月二十七日」以来となります。(「まだ来る」は東京が舞台なので(笑))
正確に言うとホラーではなくどちらかというとショッキングな場面のある怪談という体になっておりますが(笑)
ホラーが苦手でなければ是非、お読みいただければ幸いです。

台風の次は地震

が来るなんて、思いも寄らないことでした。
しかも北海道。被害に遭われた方の御見舞いと、一刻も早い事態の復旧をお祈りしております。
実を言うと「地震と無縁」と思われている沖縄も実はそうではなく、細かい地震は頻発してますし「明和の大津波」と呼ばれる事件も数百年前ですが発生しています。
最近の新聞でもこのような実体が発表されました。

巨大地震、沖縄でも可能性 本島南沖にプレート間「固着域」 琉大など発見

さて沖縄で大きな地震が起こったら「自分は」どう対処するべきか、あれこれ考えている今日の午後です。

「刃の王」という作品がありまして……

嬉しいことに、田沼雄一郎先生におっかなびっくりリクエストしたら、数年ぶりにリムマーヤを描いて貰いました!

このダークエルフは「刃の王」に出てきた生真面目で不器用な女性で、異世界から現代社会に現れ、主人公と共に「堕刻」と呼ばれるものを粉砕するために世界を旅する……という作品「刃の王」のメインヒロインでした。
ソノラマ文庫の名物編集長、石井さんと最後に組んで書かせて頂いた作品で、結局の所続いていないのですが(恥)
田沼先生はちゃんと覚えていてくださって、当時よりも年齢を重ね、鍛え上げた彼女を素敵に描いてくださって凄く嬉しいです!(涙)

現在「刃の王」の電子書籍版は以下の所で購入出来ます!

刃の王 堕刻使いの旅立ち
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紀伊國屋

オムニ7

それはまるでもう、コントのようで

何で昨日あんなものを書いたかというとですね。
まあ前回こういう話があったのを覚えてらっしゃいますでしょうか?
あの時「本社に問い合わせて購入した奴は無事につくかなあ?」と言ってたんですが、実は、ということがありまして。
最初に製品を出している会社のサイトにアクセス→品物を見つけて色々書き込み、発注ボタンを押す→メールオーダー受け付けましたの連絡がない→二日後、もう一回行ってみると会社のサイトリニューアル!→しまった、これはリニューアルの騒動に巻きこまれて発注が通ってない!→焦ってオーダーミス(したと思った)→もう一回全部書き直し→よし、発注ボタン!→その後、何故か3通の受注完了メール。
ということがありまして。「これどういうこと?」とメーカーさんに問い合わせたら。
「HAHAHA!安心しなよOKINA、君のオーダーはがっちり受けた! ちゃんとまとめて発送するから心配しないでYO!」
というお返事がありまして……
さてどうしたもんかと思ってたら……来ちゃいました。

こんな感じで。
いや、さすがにいいものなんですがこんなにいっぱい要らない!というかお金ー!
仕方がないので引取先を探していた……というのが昨日までの混乱ぶりというわけです。
いやー、まさかねー。
ホントにねー、こういう馬鹿なことを自分がするとは思わなかったですよ。
数年前、海外通販をはじめたときのほうがよっぽど慎重でした。
有り難い事に全部引き取り手が見つかったのでこの在庫はこの記事が載る頃には全部お嫁(婿養子?)に旅立っているはずです。
なお、新しく来た黒い「アーガス」もなかなか格好良く、デザイン的には桑田次郎(エイトマンなど)のデザインした巨漢ロボットという感じでしょうか。
構造はほぼ「アポロ」と同じで、手の甲に銃身らしいパーツがついている分ちょっと手首の反り返る角度が浅くなっている、という程度でしょうか。
早速二体並べて写真を撮ってみました。

どっちも出来がいいのが嬉しいですね。

というわけで次は戦闘場面

可動させて指と指ががっちり組み合うのはいいですよねー。

今の所商品は売り切れらしいので、次回生産を待ちたいところです。武器とか増えるといいですねー・

塩漬け物件

夏が来ました。
水分補給と一緒に塩の補給も大事です。外回りの後はきゅうりの塩漬けなんかいいかもしれませんね
ですが、作家の仕事の上で「塩漬け」というのはあんまりいいことを意味しません。
つまりそれは大抵「ある程度以上の作業がすすんだけど、お金にならず眠っている作品」という意味です。
また最近は電子書籍化されず放置されている作品を指差してそう呼ぶ場合もあるようです。
私にも幾つか塩漬け物件があります。
まずゲームのシナリオ。今の所三本あります。これは三本とも、会社が倒産してしまったので仕方がありませんが(※以下数百行削除)。
うち一本は絵まで仕上がりながら、だったので残念です(しかもテキストデータを消失)。
小説は現状、途中停止が四本、仕上がっていながら時機を逸して出版出来なかった作品が二本あります。
時機を逸した、というのは数年前の時代小説ブームの際、「今なら薩摩の琉球侵攻をネタに書いてもいいですよ」ということでその前後に思春期を迎えた元武田忍びを両親に持つ少年が青年に移りゆきつつ、戦乱に巻きこまれる、という連載をはじめたモノの、結局連載が終わる頃には雑誌が消滅。
作品は完結してたのですが、色々あって「やたら長い上に(500Pぐらいありました)未だに池永さんのテンペスト以外、大ヒットした作品もなく、しかもテンペストよりも古い、誰も知らないような時代を舞台にした作品はちょっと……」ということで棚上げになったものです。
もう一本は真っ向から薩摩の琉球侵攻を取り上げ、歴史上「愚行の人」「戦の原因」となった謝名親方は果たしてその通りの人だったのか? という作品でしたが、こちらもやはり同じ理由でダメでした。
それ以外に、書きかけ状態のものでいえば、以前ちらっとTwitterで取り上げた環望先生の「ダンス・イン・ザヴァンパイアバンド」と「あそびにいくヨ!」のコラボレート小説(現存するもので文庫本で350p分、更に100p必要なことが判明して中断、その後「ヴァンパイア~」が急展開して舞台設定そのものが使用出来なくなったので発表中止)。
ソノラマノベルスで出した「刃の王」の続編(冒頭10Pと外伝50P近く)、初の一人称小説になる予定だった「先輩女神(仮)」(※実験的に書きたい場面を先に書いて間を繋ぐという方式をとって全部で100P分が存在)などなど。

これ以外にも没になったプロットがおよそ百数十本はあります(中には何でこんなモノを提出しようと思ったのかというものもあるのですが)。

今ちょっと経済的にキツイ状態なので、そこを脱したらこれら塩漬け物件たちの塩を抜いてちゃんとした形で(自費による電子出版という形になるかもしれませんが)、世に送り出したいなあと思っております。

リラム~密偵の無輪者 が17日まで半額です!

神々と魔法が去り、宗教が意味をなさなくなった世界。
魔法のような技術と、神々でも溶けぬ経済仕組みは残った世界。
人々は全てを経済によって取り仕切り、「王」の呼び名が失われ「位主」に変わったことさえ、人々が忘れたころ。
かつて国を為した組織は経済集団と定義され「圏“エスティズ”」と呼ばれるようになっていた。
東にあるヒウモト圏の位主=将位主の継承第二位のレイロウ・トクゼは自らその権利を放棄したにもかかわらず、頭脳の冴えゆえに、現将位主である兄からは却って疑われ、暗殺を避けて南の果て、ロキオルス圏に亡命していた。
しかし、ロキオルス圏位主官の娘マリエイラを房中術でもてなしながら隠遁生活を過ごすレイロウの下には、いまだ兄の殺意が貿易商の形となって伸びてくる。ある日、レイロウはマリエイラから、圏が侵略の危機にさらされる前にと、ヒウモトとの外交補佐に紛れた諜報を依頼されるのだが―。

 

 

という内容で、「ライトノベルファンタジーにおける頑固煎餅(=歯ごたえがありすぎる)」と評判の(笑)「リラム」が現在17日まで以下の所で半額セールとなっております!

Amazon (紙&電子書籍)
BookWalker(紙&電子書籍)
BookLive(紙&電子書籍)
e-book japan (電子書籍)
DMM(紙&電子書籍)
honto (紙&電子書籍)
Reder Store(電子書籍)
紀伊國屋(電子書籍)

カミカゼの邦17日までKindle版半額だそうです

タイトル通り、Kindle版の「カミカゼの邦」が17日まで半額セールだそうです。
紙の本よりも元々400円ほど安い電書版が更にというのはお買い得だと思います。

作者としては前もって教えて欲しいところではあるんですが、どうも電子書籍に関してはどういう手順と規定になっているのか、作者も小まめにチェックして始まってから知らされるという状況でして……。

 

 

 

カミカゼの邦はこれからもまたちょっとあると思います。

アメリカの作家はやってるそうですが

アメリカの作家がやってて子供の頃「へー」と思ったのが「口述筆記」というやつです。海外の映画やテレビを見ているると70年代まではよく、会社の社長が社長室をうろうろと歩き回りながら

「よし、書き出しはこうだ、あー『親愛なるマディ』ちがった『やあマディ、お元気ですか』……これも違うな、『拝啓、インディグレイド夫人。今回はいつものように楽しいお話ではありません、あなたの夫の解雇について私は話さねばならないのです。あなたの夫には大変満足していますが、我が社は現在大不況の中、社員の削減を求められており』……君、ちゃんと打ってるかね?」
とか言いつつ、傍らで秘書がタイプライターをカシャカシャ打ってるあれです。
確かそれを小説でやっている作家がいると聞いたのは「トワイライトゾーン」の膨大な脚本をほぼ一人でこなしたロッド・サーリングだったと思います。
彼は朝テープで思いつくままに脚本をテープレコーダーに(当時のことですからオープンリールでしょう)録音し、秘書に預け、昨日秘書に渡して文字に起こしたモノを推敲し、数時間後に出来上がったものを自分で添削、翌日の推敲に廻し、ということを繰り返して、あの傑作群をものにしていったという話を本で読んで「それは格好いい」と思いました。
日本だと太宰治が電話で、あるいは寝床に伏せったまま口述筆記をさせたという話が残っていますが、さすがに文豪ともなると「あの文章がそのまま口から流れてきて書き留めたものはそのまま原稿になった」という話で。

幸い私が「作家になりたい」と思う頃には我が家にもテープレコーダーはありましたからこれ幸い、とやってみたんですが……私には秘書がおらず、結果として、「もっとも聞いていて違和感のある自分の声を聞きながら文章を起こす」という苦痛をせねばならないということで断念しました(しかも当時は手書き原稿でしたし)。
あと意外に話芸の訓練を受けていない素人というものは、当人は普段の会話で達者だと思っていても、創作の文章とナルトつらつらと流れるように作り話を流せないものなんですね。「あー」とか「えー」とかになってしまう。特に地の文にこれが多くなる。
これも聞いてて「下手くそ!」と自分で自分を罵り、上手く行かない原因でした。
あと自分で思うほど文章というモノが緊張して脳に浮かばないというのにも呆れて結局放り出しました。

ところが時代は巡ると「音声入力」はいまやスマホに搭載されて当然の機能となり、その精度も大分上がってきたようです。少なくともSiriなどはウィットに富んだ(時には富みすぎる)会話を出来ることは有名です。

で、最近行き詰まると万年筆でコクヨの原稿用紙に書いてみたりしてましたが、音声入力で書いてみるのはどうだろうと思って、行き詰まった時はやるようにしています。あと疲れ切った中、作品の要点整理のメモなどを作る時には重宝します。

もっとも音声入力と言っても当人の発音の仕方、及び特殊単語までは引き継いでないので、入力した後、手直しは必要ですが。

不思議なことに人間、喋る時のほうが書くときよりも頭が回転し、文章的にも多い分量を脳から出力できるようで、たった1時間で分量だけは4時間机に座ったのと同じ文字が口から出てきます。
そのままでは使えないのでやはり手直しが必要なのですが、それでも何度か改稿することを考えれば「第ゼロ稿」としては充分です。
文章書きにとって下書きにあたる「最初の原稿」が出来ることが大変ですから。
出来ればひと頃の志茂田景樹先生のように一日二日で一冊、と行きたい所ですが(志茂田先生は最も本を出してらした時期、当時出たばかりのMP3レコーダーだったかテープレコーダーで朝昼晩違う作品を吹き込み、それぞれ担当の秘書にテープから文章を起こして、それをチェックし書き直していたそうで)、まあそれはともかく。
上手い具合に万年筆と原稿、キーボード入力、そして音声入力を使い分け、停滞する時間をなるべく短縮することで生産性を上げていきたいなあと思っております。

電子書籍についての雑感

作家稼業というものをやっておりますと、昨今は印税の他に電子書籍の「売り上げ」というモノが入ってきます。
印税は出版社が「あらかじめこれだけ刷って販売するのであなたに前払いします」ということで原稿が出来上がって契約を結び、1万冊刷ったら1万冊の印税が著者には入り、実際には100しか売れなくても「返せ」とは言われません。

電子書籍からの収入は文字通りの「売り上げ」で、何冊売れたかを定期的にチェックし、その売り上げから私の取り分をまとめて支払う、ということになります。
大きな違いは出版社にとってのリスクと我々作家にとってのリスクの種類です。
出版社は「印税」で紙の本を印刷すれば大きく儲かります(といってもどんな本でも最低の採算ラインは2万部前後だそうですが)、また勝手に安売りされることがないように法律で保証された商品でもあります。
その代わり、本としての体裁を整えるための最低限の内容に指導とチェック(編集者と呼ばれる人たちがこれを行います)、校閲校正、版下の作成と印刷、流通へ支払う費用、売れなかったときのリスク(在庫を保管する場所の維持や送りかえされる時の流通費用など)は全て出版社の持ち出しで、それ故に作家の取り分は全体の10%に過ぎないか、あるいはそれ以下に設定されることが多々あります。
ただし、そのお陰で作家は印税というモノで最低限の収入を保証されるわけです。
売れなくなった本の作者は次の作品の部数を下げられていき、ある一定ラインを切ることが連続すれば(もしくは致命的に売れない、と営業が判断した場合)「もうあなたの本は出せません」となります。
商業出版の電書は基本それよりもやや高く作家の受け取る割合が設定されてはいますが、文字通り売れただけ。シビアな現実がお金になって跳ね返ってきます。
ですが、本屋に本を置くのには流通との契約、書店との契約と個人では難しいハードルが幾つもありますが、電子書籍にはそのハードルが低く設定されています。
電子書籍はそれだけで作る場合様々なソフトやアプリケーションが現在アリ、AmazonのKindleに至っては自動生成するシステムを無料で公開利用できるぐらいです。
ですから、最悪作家にその気があれば電子書籍を自分で出すことは可能で、その売り場はあちこちにあります。AmazonのKindleに至っては「うちで専売するなら定価の70%は著者に」と盟約するほどです(※ただし定価の下限あり)

ここで問題なのは多くの商業出版社が「紙の本」中心でシステムを運用し、電子書籍を敵視している、あるいは「オマケ程度のもの」という認識であることと、商業出版の場合「電書用の版下と印刷用の版下は現在同じシステムでは作れない」ことです。

単なるPDFなら問題ないのですが、電子書籍の様式(システム)は現在国内にKindleを含め、大きなものだけでも紀伊國屋、BOOK WALKER、BookLive、e-book japan、DMMブックス、Google play、honto、ibook store、Reder Store、ワニブックスのビューワー、ニコニコ静画等々も含めれば10種類以上あります。
それぞれのシステムに合わせて版下を作らねばなりません。
スマホで見るのかタブレットで見るのかPCでみるのか、それぞれの画面に対応することを迫られたりもします。
結果、現在は浮くはずだった流通費用と在庫保管(これが紙の本だと値段の3割を越え、在庫保管の費用と合わせると半分近くを占めることになります)の費用が浮かない……ということらしいです。
紙の本は本屋ごとに版下を変えたり判型を変えたりする必要はないですものね。
ですから「Kindle専売だと著者の取り分70%」というのはとんでもない飛び道具ではありますが、同時にそれが「飛び道具」になる素養は、この日本国内の電子書籍方式の統一性の無さに起因します。
さて、電書の印税ですが、最近よく苦笑いするのは、数年間で販売された冊数をトータルで計算すると、軽く紙の本の再版2、3回分になってたりする本もあったりすることです。
恐らくこれは「店頭になければ買えない」紙の本では逃してしまう売り上げです。
電子書籍の良い点は「どこにいようとクリックしてしまえば買える」ことにあります。
が、同時に殆どの出版社にとって今の所値段が上下する(紙の本ではないので保護対象ではない&Amazonの方針もアリ)電子書籍は現在(2018年)殆どの出版社において「本の売り上げ」としてカウントされません。
私の電子書籍の中には数年がかりではありますが、紙の本の再版分に匹敵する売り上げを出したモノもありますが、だからといって「又続きを」とはなりません。
現在はあくまでも紙の本の売り上げ(それもほとんどの漫画やライトノベルの場合は一週間の初動)がその作品の命運を決めてしまいます。

そして個人で電子書籍を出す場合、どうやって買ってくれる読者までその情報を届けるのか、という有効な手段が未だに見つかっていないという問題が解決されていないのです。

すでに個人書店が減り続け、反対にスマホやタブレットは増え続けているご時世です。
出版社、流通、本屋の関係とシステムが出来上がって100年以上経過しているそうですから、そろそろここいらで新しく「紙の本を売るやり方」を考え直すべき時にきてる気がします。
そろそろ「紙の本は初版のみだったけど電書で再版数回分売れた」という「本」も出てくるかもしれないので、収益の見方やシリーズの継続に関しても新たな基準が必要になると思うのです。

Twitterでも他の依頼原稿でも書いたことをまたここでも繰り返しますが、「本=紙の本&電子書籍=紙の本の敵」という考えを捨て去り、「電子書籍という新商品」に対する考えを変え、国内の電子書籍の基準を統一しないとマズイ時期に来てると思います。

個人的には紙の本自体が中身の周知宣伝のアイテムとして組み込まれて収益は電書で、みたいなビジネスモデルとか…あれ?何偉そうな事を私はいってるんでしょう?これは涙?

……てな冗談はともかく。

とりあえず自分の場合は「紙の本も電子書籍もどっちも売れて欲しいので、電書の発売時期を紙の本より遅くする制度は止めて欲しいなあ」と思います、ハイ。
※下の画像をクリックすると電書を含めた神野オキナの本の案内ページに飛びます。気に入った表紙をクリックするとさらに解説&販売ページに飛びますので、お買い上げよろしくお願いいたします。

色々作る時の思考

昨日は一オタクとしては「何でも楽しもう」という考えが幸せだし寛容である必要もある、とお話しをしました。
が、まあ矛盾するのが人間です。
自分がものを作る時は話が別になります。
観客モードから思考を切り替えて、己の声に素直に従って「あれはやるまい」とか精一杯自分の信じるモノを全部投入してやれることを全部やるのがベストです。
もちろん完全には行かないけど、その時、その瞬間、その場においてやれるだけはやる。
後悔するのはあとで「やらない後悔よりやった後悔」でいく。
西川伸司先生の漫画「日本特撮映画師列伝 」の中で、とある造形作家が寝不足と時間の無さに不本意な出来の怪獣の着ぐるみを納品して、その際ちょっと言い訳をしたら現場の偉い人に「視聴者には関係が無い、君はその言い訳を怪獣の背中にでも書くつもりか」と怒られるという挿話があります。
基本、物作りはそういうもので、お客の目に触れた時点で作者一人のものじゃなく、事情も観客には無関係です。
こういう話をしてると、なんか自分のクビを真綿で占めてきてる気もしますが(笑)で、色々なゲームや漫画制作の現場を取り仕切った経験のある知り合いの某氏に、
「締め切り守りつつ自分のクオリティを高め、あるいは維持するにはどうしたらよいのよ」と訊ねたら
「そりゃ簡単だ、多くの完成品をつくって世に送り出せばいい」
とあっさり言われました。
「完成品が多いほど普通、物作りは上手くなる。半完成品は夢の塊のママだからある程度まではいっても結局、当人が望むように上手くなることは絶対にない」
「じゃどうやって完成品を多く作る? とにかく適当に早く?」
「いいものを作るのは商売として当然。適当に作るんじゃない、手早く作って見直す」
「どうやって?」
「頭から最後までとにかく急いで、出来れば締め切りの半分の時間で一度完成させる。で、なるべく時間をおいて客観視する。そうしたら何処が足りないか、歪かが判る。あとは最低限の手直しでどこまでいけるかを考えて、手直しをする。締め切りギリギリまで」
「えーと、最低限の手直しって手抜きじゃ? 駄目なモノは全部作り直したほうがいいんじゃないの?」
「あのね、客観視した上での最低限の手直しってのは、手抜きじゃなく効率化の時間を取った上での最短距離。全部作り直しは気分はすっきりしてもドツボに入ると永遠に完成しない」
「…………でもさ、こう創作行為ってのは【天啓】というか【マジック】が試行錯誤の果てに最後の一瞬振ってくるもんじゃないの?」
「あー、それな。ただの錯覚。たまたまそれで上手くいった奴がそう言ってるだけ。第一即身成仏した偉い坊さんの周囲には山のようにしくじった連中の墓があるって話をしただろ? 仏陀以前&以後に同じ様に悟りを開こうとして歴史に残ってない連中がどれだけいるよ?」
「う……」
「第一、お前さんがそういう作家ならとっくにそうなってるだろ。なってない、ということおはそういう作家じゃないってことさ。その上でどうしていくかってことじゃないかね?」
「……はい」
「で、お前さんの仕事のやり方はどうよ?」
「うう……作っては矛盾に気付いた時点で戻ったり先にいったりしながら……やれるだけのことを全部ぶち込んでネタも……」
「今から20年ぐらい前に沖縄コミケの時に開田裕治&あや先生ご夫妻や唐沢俊一先生たちと一緒に来られてた睦月影郎先生になんて言われた?」
「【プロ(の作家)は手を抜くんじゃなくて力を抜くんだよ】って」
「それをオレ流に翻訳するとこーなる」
「……」
「お前さんは元々職人型の思考回路と創作方向なんだから天才のマネをしないほうがいいだろ? そっちの努力は間違った努力だと思うぞ?」
というわけで私は仕事のやり方を切り替えたわけですが。
その辺の事情はこちらの配信動画に。四回もあるんでお暇なときにでも。