藤神蒼天、本日登場!

そんなわけで〈宵闇〉は誘う 藤神蒼天と地下の女王 (LINE文庫)が発売となりました。
私の作品の中でいまのところ唯一、バイオレンスや派手なアクションがない、「タロット・ナイト」のような心優しい青年が好きになった人の為に一生懸命努力する、というのがメインコンセプトの小説です。
LINE文庫さんは新規レーベルなので、一般書店では入らない所もあるかも知れませんが、注文などのお手間を取らせて申し訳ありませんが、自信作なんで是非、お買い上げ下さい!

首里城が焼け落ちて数日

どうにも気になってしまいまして。
どういう風景なのか実際に自分の目で見てこようとしましたが、実況検分も終わらない状態なので当然門戸は閉ざされておりました。

ですが、歓会門が無事なだけにその彼方に見える屋根の無残さがより際だって見え、なんとも言えぬ気持ちになりました。
「カミカゼの邦」の冒頭で、当然ながら日中紛争の影響で波之上は丸焼け、恐らく首里城も焼け落ちて太平洋戦争後の姿に逆戻りしているだろう、と書きましたが、それはすべて、その後に展開されるストーリー同様、「こうなって欲しくない」という願いから書いたものでした。
それだけに、こうなるというのはなんとも言えない気分になります。
原因が究明され、復興が早まりますように。

那覇市が首里城火災に対する支援金の募集を正式に始めました→こちらをクリック

 

映画「ジョーカー」に関して思う二、三の事柄

ようやくひと仕事終わったので、映画「ジョーカー」に関することを。

一言でいえば「とっても良くできた娯楽作品で、とってもずるい映画」と言えます。

なにしろ今ハリウッドの大作映画とは真逆の「アメリカの本音と誠実さを語った時代」であるところのアメリカンニューシネマの名場面の再構成で映画を作ってるんです。

それはもう、最初に出てくるワーナーブラザースのマークが七〇年代のそれだというだけで明らか。

それを今の技術で撮影すればそりゃお手本がある上に、今の機材と演出で、しかもコミックのヴィランという「少し隙間があって、ヒーローじゃないから【かくあるべし】が少ない」作品では誉められて当たり前。そして私もそこは楽しみました。

でも、それ自体が罠です。ええ。正確に言うと「映画自体を幻惑させて責任回避するための仕掛け」なんだと思いました。

おそらく監督と脚本家とプロデューサーは、「近い将来、テロでもなく、思想犯でもなく、感情による階級闘争が発生する」と予測してこの映画を作ったのだと思います。

それがクライマックスの話であり、ジョーカーがそのアイコンになるのは、サムの息子やエド・ゲインがアメリカの悪趣味サブカルの中で有名人になり「ガンダルフを大統領に」と書いたTシャツを着た大学生が溢れるような「ワルノリ文化」の写し絵でしかない。

聞けば、デトロイトではお金持ちが城塞都市みたいな「お金持ちランド」を築いてそこで優雅に暮らし、庶民は放置されて警察の機能マヒが起こったり、「部族主義」が流行ったり……その挙げ句が今のアメリカ大統領なわけで。

世界の3%の富を独占する人間の殆どは「分けてなんかやるか」ということでトリクルダウンなんて夢物語だったというのは今の現状を見れば明らか。

となれば、主義思想ではなく「お前たちが持っているものが羨ましい妬ましい、俺達にも寄越せ」で、宗教でも思想でも経済でもなく、フランス革命以来の「モテるものが羨ましい、という感情と貧乏と飢えがもたらす市民戦争」がアメリカのみならず、世界規模で勃発するだろうという「予言の映画」を多分、制作者側は作りたかったのでしょう。

ですが、それをストレートに作ると間違いなくこの映画自体を「ご託宣」だと信じ込んで暴力に走る馬鹿が出てくる。

そこで、制作者が考えついたのが「七〇年代アメリカンニューシネマの再現で、挫折と過激と暴力が渦巻く作品」という「カバー」をつけて、なおかつスタンリー・キューブリックが「二〇〇一年宇宙の旅」でやったと言われる衒学趣味で映画自体を飾り立て「幾種類もの解釈が出来る」と嘯くことで「そう判断したあんたが悪い」と過激な行動に走った人々と自分たちを切り離す。という自衛策だったのだと思います。

正直に言えば『とっても小賢しい」映画です。嘘と現実とはワザと交錯させられ、アーサーという人物の悲惨な英雄伝なのか、ジョーカーという気の狂った悪党の嘯いた嘘の話なのか、どっちか判らないようにした「笑えない(笑わせない)コメディ」という非常に良くできた小箱に過激な「予言」を納めることで美味く「扇動する映画」の汚名を回避した、と言えるかも知れません。

それでもこれを「自分への啓示だ」と捉えて、貰っていた薬を棄ててしまう人が堂々と現れてしまう辺り、制作者は非常にクレバーだったと言えるでしょう。

感情移入させて「理解させた」と錯覚させる手法はアメリカンニューシネマのものを幾つも重ね合わせて作りでもいくらでも「これはアーサーと名乗る頭のおかしい人の作り話かもね?」という逃げ道を用意することで責任を回避しまくる。

私はカミカゼの邦を作る時、同じものを回避して(つまり政治的なメッセージと扇動を込めた作品として捉えられないように)、幾つもの仕掛けを作り、その中でも最大の「これは政治思想ではなく、一種の未来予測の提言ですよ」ということで作った「印」だったのが「紙の虎」というテロの主役の中途半端な無個性化、だったり、KUDANで同じ様な「無敵の人」の蜂起を「未然に防ぐのが主人公側」という形で「でも上手く行くわけはない」として現実と向き合わせた上で思想性を排除したわけですが、こちらは最初っから「コミックのヴィラン」という金看板があるわけですから、そういう風に「回避策」をとることは「コミックのヴィランに深みを増した」ということで誉められポイント、になります。

政治的な主張はそのままに、いえ、政治的主張をしているようにみえるようにも、してないようにも「とれますよ」として作品を世に送り出したようだと私は思いました。

実は「ジョーカー」には政治思想はなく、「こういう闘争が起こるかも知れないと僕は予測しますよ」というシミュレーションの結果報告に、ジョーカーというアイコンを載せただけの作品だったとも言えます。

今はセンセーショナルな作品として数年後は【予言した作品】という冠を貰うことを最初から狙った作品に私には見えました。

だからジョーカーの本名はこれまでと違ってジョーカーの本名はジェイソン・ネイピア(あるいはジャック・ネイピア)ではなく、アーサー某なわけで。

まあ、これも全て私の妄想かも知れません。

ただ、この妄想、これが当たっているとしたら、つまり最初からコミックのキャラクター映画をマーティン・スコセッシのような「世界の本音と建て前と現実を描く映画としてリアルに描く」という下駄を履いているのに、さらにお上品に回避策をとったと言える。

まあ、ここが小賢しいというかズルイというか。

とどのつまり、この作品はアメリカンユーシネマのいいとこ取りなカタログ作品であると同時にアメリカンニューシネマが持っていた誠実さ欠片も無く、ただ自己韜晦と未来の栄誉の獲得に終止した作品だったといえると思います。少なくとも私にはそう見えました。

本当にズルイ。

それでも、ホアキン・フェニックスはじめとした役者の演技は素晴らしく、撮影も演出も一流です。がこの作品自体は「予言の書になりたいが、扇動した禁書にはなりたくないという世渡り上手な優等生』作品だといえるでしょう。

ずるいよなー。

うちの「カミカゼの邦」や「警視庁私設特務部隊KUDAN」はその辺読者に嘘をつかず、誠実に娯楽として向き合いましたよ、ええ。
この「ジョーカー」には負けてません。

そして同じ「デーモンコア」をあの程度にしか扱えなかった相棒の今シーズンの初回二話よりも面白いと言えます(全シーズン合わせて、ではさすがに負けます、というか勝負にさえなりませんが!)

「警察庁・私設特務部隊KUDAN」重版決定しました!

お陰様で、今年の六月にでた「警察庁私設特務部隊KUDAN」が重版されることになりました。
書店が減り、必然的に紙の本の売れ行きも下がってきている現在。重版がかかるというのはかなり難しいことで、これも読者の皆様、書店の皆様のおかげです。ありがとうございました。
KUDANは現在二作目を執筆中で近々また発売日などのご報告が出来ると思います。
それでは、また!

Kindle Unlimitedに「カミカゼの邦」が登録されました

お疲れ様です。沖縄を舞台にした日中戦争に勝利し、戦勝国となった日本で動き出す大規模テロ計画。それに巻きこまれた六人の元軍人たちが戦いを挑む国際謀略アクション小説「カミカゼの邦」がAmazonの読み放題サービス、Kindle Unlimitedにも登録されることとなりました。ここでランキングが上がると紙の本のランクも上がるということらしいので、是非、クチコミで広げていただけるとありがたいです!

興味を持たれたかたは下の画像をクリックして下さい!

 

 

なろうで連載を始めました

ぱっと思いついたものの、今のご時世ではなかなか難しそうな小説をどうしても書きたくて、以前Twitterで連載してた「一時間で作る異世界転生(仮)」をあれこれ迷った末に「小説家になろう」で連載を続行することにしました。

「ペナルティ目当てで能力選んだらナビゲーター付きで異世界転生してました(仮)」

二次元コードも掲載しておきます。

Twitterで書いた分は加筆修正をして12話まで、13話からは新規書き下ろしとなります。
これまで同様「一日の執筆時間は一時間」に限定しての作品となりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

11月に新刊が出ます

今月からLINEノベルさんで連載開始になりました作品「<宵闇>は誘う~藤神蒼天と地下の女王~」が11月には本になります。
現代社会を舞台に、化け物退治を引退した青年が、初恋の人の為に奔走し、闇から伸びてくる魔の手を防ごうとする、というお話です。
切なくてメロウなお話を目指しております。上手く行ってるかどうかは、どうかLINEノベルさんのアプリ内か書店でご確認を……

 

ものは試しと言うことで

ここ数日新作仕事に取りかかってますが、新作というのはなかなか最初が苦労するもんで、なかなか進めなかったのが、とある人の助言で、そこを通り抜けた途端、二つの物語が頭の中で併走を始め、それを出力したのがこちらになります。

題して「一時間で作る転生もののプロローグ」
https://togetter.com/li/1399265

まずは新作のほうを、ということで一時間だけという限定で、思いつくままに作った序章部分ですが、楽しんでいただければ幸いです。

34年前の今日

世に言う日本航空123便墜落事故が発生しました。
この時最も大きく報道されたのは、犠牲者の中に「上を向いて歩こう」で世界的ヒットを飛ばし、低迷期を抜けて再び動き出そうとしていた歌手の坂本九さんがいたことでした。
実際にはWikipediaの記述を見ても明らかなように、多士済々、経済界から漫画業界にいたるまで様々な分野の人たちが犠牲者の中に含まれていました。
有名な人たちでさえそれだけ含まれていたわけです。無名と呼ばれるカテゴライズに入っている方たちの中にも、生きていれば名を成した……あるいは名を成さなくてもその人たちの周囲は各自に変わった人たちがいたはずです。
個人的に一番印象に残っているのは、雑誌「ファンロード」の常連投稿者で、ゆくゆくは本格的なプロデビューも約束されていた「緋本こりん」さん。
彼女がその犠牲者の中に含まれていたことが、翌月の「ファンロード」誌上で明らかになったときの衝撃です。
まだPCが作画に導入される日なんて夢のまた夢、アナログでの作業が当然の時代、「点描の女王」と呼ばれるほどの技量で注目を集めていた人でした。
常連投稿者から執筆者に格上げされ、その連載が始まる矢先の不幸でした。
その前年、漫画家のかがみあきら先生が急死し、その遺稿が掲載されたアニメックをめくっていると、最後のページに訃報が大きく一ページ丸ごと使って掲載され、「漫画家でも死ぬ(当時、トキワ荘メンバーは皆さんご存命でした)」という事実を突きつけられ、ショックを受けましたが、若い人でも、要因となる健康的なものがなくても死んでしまうことがある、という事実を、きれい事めいた、皮肉の言葉ではなく、リアルな「現実」として突きつけられたのはこれが初めてだったと思います。
当時まだ私は15歳。
自分が年老いることなど、夢にも思っていなかった頃です。
母の死を目の前にしていたとは言え、自分自身にまだ夢を抱いていて、それはいつか現実になると脳天気に信じ込んでいられた時代でした。
それだけに「死」が不意に訪れる現実を見たことは、今でも心に深く刻まれています。

また寸前でこの事故を回避し「幸運な人」と呼ばれた有名人の中にも、現在の視点で見れば、別の要因で十数年後に「若くして」と呼ばれる年齢で亡くなる方もいて、人の生き死にというのは本当に神様がダイスを振ってるんじゃなかろうかとさえ思えてきます。

そして私も生きてそろそろ半世紀、あの頃のように「好きなことだから何時間でも出来る」という集中力と体力を失いつつあるわけですが、生きられる限りはやれることをやらねばなあと思いつつ。今日も頑張る事にシマス。

夏といえば昔は

「愛は地球を救う」24時間テレビと、そこで放送される長尺の手塚アニメが定番だった時代があります。

これとニッセイファミリースペシャルが、私が小学校~中学ぐらいまで、夏休みのスペシャルアニメの定番でした

↓期間限定配信「海底超特急マリン・エクスプレス」

その第一弾がこのマリンエクスプレス。
手塚伽羅総出演でしかも流用じゃなく、この日にしか見られない作り起こしの長編アニメ(実際には数十分流しては間に「愛は地球を救う」の番組が流れる、いわば子供を繋ぎとめるアイキャッチの役割でした)。

ところがいい加減なもんで、沖縄は24時間の深夜放送をしていない上、日テレの直営は存在せず当時もフジをメインにしているOTVなものですから、早朝と深夜の放送枠はぶった切っちゃうんですな。おまけに自分の所のニュースは動かさずに放送しちゃいますからそこで被る部分は見られないわけです。
おかげで、全編をちゃんと見られるようになるにはビデオソフト文化が隆盛になる20年後という時間が必要というわけでして。
ビックリしたのは一回こっきりの放送で、後半作画が追いつかず(これは総指揮をしていた手塚治虫先生がコンテから原画まで毎回やろうとしたためだそうで)、中盤以後の作画がボロボロになっていき、なんとかラストパートだけ作画が復活するイメージだったんですが、放送が終わった後も手塚先生の指示で作画が修正されており、今ソフトとして見られるこれらの24時間テレビのスペシャルアニメは、かなり高レベル作画のものとなっているんだそうです。