悩むもの

さて、作家商売ともなればいまや切っても切れないのがPC。
そしてこの10年ほど、その配置や位置に悩まされる代物でもあります。

私の場合SONYと富士通、二社のワープロ時代(※80年代まで日本人は文章を打つのにはワープロという「機械」を使っていました)を経て、最初に所有したのがAppleのパワーブック100(友人のお下がりの中古品)、その次がiMac(2代目)だったので画面の位置は固定されていたのですが、仕事の都合でWindowsになって以来、モニタの位置は悩みどころであります。
椅子に深く腰掛けて背筋を伸ばし、真っ直ぐ見た視線のチョイ下ぐらいの位置がいい、というのが一般的でしたが、その「チョイ下」と机と椅子の関係がなかなか微妙でして、ベストポジションは未だに探せないで居ます。

20代の頃は執筆姿勢なんかよりも速度と勢いが問題だと思っていたので気にもしませんでしたが、腰やら肩やらがこの数年悲鳴をあげるようになってきました。

私の場合、特に集中するに従って背中が丸まってくる癖があるんで、ストレートネックの疑いがあると言われてからはなるべく背筋を伸ばして椅子に深く座って、を心がけているのですけれども、肘掛けの位置やら、机の高さやら、なかなか「これ」という位置が見つからぬまま、忙しくなるとまた姿勢が崩れて……というパターンの繰り返しでして。

問題なのは近年になると、腰や肩だけじゃなくて、眼と頭に……正確には眼精疲労から来るヒドイ頭痛が起こるようになってきたということ。

最初は脳神経の病気じゃ無いかと恐れおののいてかかりつけのお医者さんのところに飛びこみました(笑)

最近も一度ありました。目が覚める頃になるとずきずきと頭が痛み出し、こめかみ……というか側頭部全体がつっぱらかってる様な感覚。

眼精疲労から来るとは判っていても素人の判断は怖いので一応眼科に行って調べて貰い、それからいつものマッサージ屋さんにいって首と肩をほぐして貰って今はだいぶ楽になりましたが。

今度はどうやらモニタの位置が高すぎたようで。

結局あれこれ考えましたが、世間一般で言われてる「ギリギリの低さ」にすることにしました。

いっそ立ったまま仕事をするようにしたほうがいいのかもしれませんが、仕事が佳境に入ってくると体力も減ってくるんで、なかなか上手くいかないのですね。

バックアップのノートPCの置いてある机にはホームセンターで購入したすのこと踏み台で作った専用の嵩あげ台があるので立ち仕事はそちらでやれるようにしていますが…ともあれ、仕事をするにも健康でなければならないので、気をつけます、ハイ。

 

 

実は書きたい話

漫画家さんが落描きをするように、作家も落書きをします。

 

こういうことは大事で、幾つも作ったスクラップの山の中からゴーサインが出て本が出たりするわけです。
つまりこういう風にして「本命」を頭の中から掴み出すわけです。

それとは別に、書きたいけどゴーサインが出そうにない作品というのも生まれてきます。

 

長いタイトルで、20代後半~40代ぐらいまでの読者を相手にできないか、というのがこの話。

タイトル「そろそろ40だから親が就職しろと言ってうるさいが俺は脳内嫁の相手で忙しいとどなりかえしてみたところある夜とうとう親が金属バット持って枕元にたっているんだがどうしよう?(仮)」

 

そしてある意味「疾走れ、撃て!」では描ききれなかったしんどくて汚い戦争の話をやりたいな、というのがこちら。

A・Jあの日まで、僕は

残念ながら今のところ引き取り手は見つかっておりませんが、何らかの形で長編として世に送り出したいなあ、と思っております。

最近見てるドラマの話

最近、海外ドラマのNCIS(本家)が第1シーズンから放送されているので、録画して時間が空いたときに見ております。
同じく海外ドラマの「クリミナル・マインド」は仲良し家族、CSIは優しい顧問に率いられた部活の雰囲気ですが、NCISは「頑固親父とその家族」という風なのが興味深いです。

私が最初に見たのはしっかりしてきた第3シーズン以後なので、ディノッゾ捜査官がこんなにウザい磯野カツオ系キャラだとは(笑)
いやあ、パワハラセクハラやりまくりで、よくギプスが後頭部をはたくだけで済ませてるなあ、と思いますねえ。

しかもFOX版吹き替え版だとダッキーことデヴィッド・マッカラムの声が亡くなられた納谷六郎さんなんで、感慨もひとしおです。

で第2シーズンの第7話「追憶の硫黄島」では「親友を殺してしまった」と出頭してきた硫黄島の生き残り(ややボケ気味な上にアル中気味)の英雄、アーネスト・ヨスト伍長の声が川久保潔さんで、「キャプテン・フューチャー」のサイモン教授として最初にこの方の声を認識した身としては、当時同じ番組でいかにもな若者ケン・スコットを演じた井上和彦さん演じる普段部下にも厳しいギブスが「歴戦の勇士」として伍長に優しく対応する姿にちょっと感慨を覚えたり。

最近だと「ニューオリンズ」という分家が始まって、そっちに「今の」CSIメンバーが出てきますが、なんかタイムマシンにのって未来を覗いているような気分ですね。

そしてマクギーの声の会一太郎さんがかつての三遊亭楽太郎、当代の円楽師匠の息子さんでご自身も落語家と声優の二足のわらじを履いてらっしゃるとは。

吹き替え版はDlife版も含めて四シーズン分しかないらしいですが、これを期に最新シーズンまでやって欲しいなあ。

新作の準備をしております

「あそびにいくヨ!」も「疾走れ、撃て!」も終わりましたし、今年は「ウォーロック・ウィッチクラフト」や「イコライザー!」という短いシリーズもありました。
継続するというのも大変ですが何よりも大変なのは新しい作品の立ち上げです。
まして、今年で文筆で飯を食うようになって20年、神野オキナは15年を過ぎます。
そうなると人間色々「手癖」や「慣れ」というものがついてきます。
また長年やってきたことによる「イメージ」というものもあります。
イメージと言うより「期待」ですね。

これをどうするかが今現在のテーマです。
別に悪いものとは限りません、ただだらだらとやっていてはいけないという自覚がようやく出てきたということです。
そして肉体年齢という厄介なものとどう付き合っていくか。
30才までは勢いと夢の力だけで身体は無茶を引き受けてくれますが、それ以後は身体と相談することをしないと、夢を叶える前に身体が壊れることとなります。

私の場合、つまり色々なやり方を再検討して、「これからの作品」や「これからのやりかた」を根底から考え直す、ということが必要なのだということです。

実は最前線で戦ってる物作りの人たちはそれを無意識のうちにやっているか、それとも意識してやってるか、という部分、結構ありまして。

私の知り合いで言えば、「棺姫のチャイカ」や「まかでみ」「スクラップド・プリンセス」などで知られる榊一郎さんが、お弟子さんや編集さんとの関係をしっかり作り、そこから導いて意識的にそういうことを自動チェック出来る様な「システム(あるいはルール)」を自分で作り上げて運用しています。

じゃあそれを真似すれば……というわけにも行かないのが物作りの常で、私は榊さんではなく、榊さんは神野オキナではありませんから、独自のものを作る必要があるわけです(というのは簡単ながら、実際にはここに色々な罠があるのですが割愛します……説明しきれるものではないので)。

そう考えると12年近く続いたシリーズと8年近く続いたシリーズがほぼ同時に終わるというのもひとつの象徴のような気がします。
次の12年、次の8年、どうやって作っていくか、生きていくのか。

自分なりの「システム」や「ルール」……あるいは道具(ツール)を作りつつ、次の仕事も仕込むというドタバタの日々でございます。

 

ではまた明日(神野オキナ)

こういう仕事もしております

これも再告知になりますが。

ご縁があって「琉球異聞 朱桜の繋」という作品のお手伝いをさせていただきました。

誰のシナリオを担当した、とは言えませんが多分私の小説を読み慣れてる方は判ると思います(笑)

ご興味があれば是非↓のホームページへどうぞ。

http://ashibi.jp/shuounokei/

NOTEにこういうものを載せています

NOTEというNTTが作った創作物を販売することも可能なサイトがありまして。
私はそこにいくつかの作品を登録しております。
ホームページに掲載するには長すぎる駄文だったり、アシストロイドの人形を使った写真漫画だったり、あるいは思いついたけれども引き取り手のない小説だったり。

最新作はこの「ネコミミ女房」。
昔話にはよく「○○女房」というタイトルの話がありますが、そういえばネコミミは無かったね、と。
同時にとあるキャラクターの過去話にも見えますが、さて本当はどうなのかは言わぬが花。
ネコミミ女房(沖縄創作バカし話)|神野オキナ|note(ノート) https://note.mu/kaminookina/n/n2b01c1cce2f5

あと中学三年生の時に生まれて始めたやったバイトの話。
「冬の歌」
https://note.mu/kaminookina/n/n0c95ddf21084

東京よりも間違いなく早く行った(そして正式に名称許諾も得て行った)沖縄コミコンのお話。
https://note.mu/kaminookina/n/n23ce5a917b9f

で、アシストロイドの人形を使った写真漫画というか写真絵本と言いますか、な作品がこちら

ハロウィン2015
https://note.mu/kaminookina/n/n853c1fd62578

どれも最後まで読むことが出来ます。気に入ったら100円、支払っていただければ幸いです(クレカ使わないといけないので、そこが心苦しいですが)。

大攻者ナギ1巻

以前ここで取り上げた「大攻者ナギ」の第1巻が手元に来ました、という話はホームページリニューアル前にしました。
今回はもう発売から一週間経過しているので少々中身に踏み込んでの解説を。
この漫画、「進撃の巨人」が掲載されている別マガ連載中の作品です。
お話は、女性にのみ有効な、核兵器さえ効かない身体になる(&副作用として巨大化する)特殊な物質が見つかって、以来、人類は全ての国際紛争を戦争の代行者、すなわち「大攻者」による戦いで終わらせることとなった世界のお話。
主人公のナギは「本気になれば最強だけど、恋愛に憧れている上に、感情を伝えることが不器用な天然ボケ」なヒロインで、彼女が思いを寄せ続けている翔太は「相思相愛ながら自分が恋愛しているのだという認識が皆無なうえ、気配りはあるが感情表現が不器用な朴念仁」という組み合わせ。
一見すると真逆に見える組み合わせですが二人とも感情系に不器用という所が共通。
そこがこの二人をすれ違わせ、勘違いさせ、周囲の事情をしるナギの父などを溜息つかせているわけですが。
そんなふたりが繰り広げる戦いの日々……ひたすら脳天気で明るいお話の影に、「こういうことが可能になった世界はどう変わるか、変わらないか」の線引きがしっかりされていて、それがまた素晴らしい。
特に3話のフランス戦で「この世界にも裏取引はある」ことが啓示され、「大攻者」という存在が単に華やかで可愛らしいだけの存在では無く「国家」というプロパガンダも背負った「国体」の一部である以上、当然それを支える人々の間にも思惑がある、ということが次第に明らかになっていく1巻後半、そして「強い大攻者を保有するのは国家、だが国家の中でそれを保有する者はだれか? この世界において権力は二重構造になるのではないか?」という話に踏み込みつつ、主人公たちは暗い世界に引っ張られることなく、ひたすら明るく、今時珍しいぐらいの純愛ラブコメをしている所がまた。
勘ぐろうと思えばこの作品、このように色々な所に「フック」が隠されているのがまた上手い。
こういう作品は長くなればなるほどその『フック」が発動して凄いものに「化ける」ので、皆さんどうぞお買い上げの程を。

三人共用名刺・再起動しました

いきなり昨日の今日でデザインが変わって驚かれている方も居るかも知れませんが、結局どうやっても旧来のホームページの表示&読み込み速度が遅いのは変わらず、ますますもって遅くなるばかりな上、とうとう昨日から左右逆のレイアウトになったりとかもしたので、思い切って本日からブログへと移行することになりました。
15万人以上を刻んでいたカウンターも何も可もリセットです。
「あそびにいくヨ!」も「疾走れ、撃て!」も終わった(少なくとも後者は原稿は書き上げたので)身としてはこれもまたいいかな、と。
さてお仕事報告などはこれからはこちらで、ということになりますので、何卒よろしくお願いいたします。
まだ殺風景な場所ですが、とりあえず今のところの新刊の広告を。

色やデザインなどは明日からいじっていく予定です。何卒よろしくお願いいたします。m(__)m

 

(神野オキナ)