ラジオ、延期になりました

本日放送予定だったタイフーンFMさんの番組「小ネタ超特急」への出演ですが、やんごとない諸事情により延期となりました。
放送は来月2月10日になります。生放送番組なので、どうぞよろしくお願いいたしますm(__)m

寒い日が続くと思い出すのは

もうすぐ2年前になりますが、2014年のワンダーフェスティバルの大雪です。
東京に到着した途端「うわー。ウルトラQの『東京氷河期』!」と喜んでこんな写真を撮ってました。
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何しろ凍死しない&雪だけは降らない(実際には数百年スパンだと何度かあるらしいですが)沖縄の人間にとって「雪」は「不思議な本土の現象」のひとつです。

それに「東京で雪は長続きしない」と聞いていたので「明日には溶けて無くなるに違いない」と脳天気にその時は考えておりました……

どれくらい甘っちょろい考えだったか、これを撮影している時点で、こんなに雪が残っていることから気づいておけば良かったのですが……。
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翌日、ワンフェスに向かう電車が途中の津田沼駅で運行停止、やむなく我々はそこからWF会場まで歩いて行くことになりました。
最初こそベア・グリルスの「サバイバル・ゲーム(MAN vs WILD)」トカで見た「雪道の歩き方」を思い出しつつノテノテ歩いていて、「これはこれで」とか思ってたんですが、次第に頭の中に川也寸志作曲の映画「八甲田山」のテーマ曲が流れ始めまして。

実際には雪こそありましたが空は快晴、雪に慣れた人からすれば「距離こそ長いがピクニック」という話だったんでしょうが、まあ、私に取っては「転べば即骨折&入院」という赤信号が灯る中のおっかなびっくりの行軍です。

どれくらいしんどかったかというと、その間、一枚の写真も撮ってないぐらい。

道の途中に団地があって、そこで餅つきしてみんな幸せそうにお雑煮食べているのを見かけました。

その時、丁度あちらで会うはずの知りあい用に持って来た泡盛とか「ぶたりめ」とかが背中のリュックに入っていたので
「これを差し出す代わりにあそこで道路が復旧するまで居させてはもらえないだろうか。温かいお酒の一杯もいただけるだろうし」
とか阿呆なことを考えていたのは事実。

そして、同時にこれだけ物音のしない時間を関東に来て初めて味わいました。

自動車のエンジン音も、飛行機やヘリの音もなく、ひといきれのざわめきも無く、ただ黙々と歩いていく人の波。その中にいるというのがまた奇妙に心細く、しかし不思議な落ち着きもあったという……

会場に着いたのは午後2時過ぎだったでしょうか。
さっそく会場内のコンビニに飛びこんで靴下とタオルを購入、それまで履いていた靴下を脱いで足を拭き、新しい靴下を履いたとたん、ほっと人心地がついたのを覚えています。

意地でぐるりと会場を一周しましたが、3時にはもう「これ以上居ると死ぬぞお前」という身体の悲鳴が聞こえてきたので撤収……その時、WF会場に来るはずだった知りあいのうち、七割が会場への道の途中だったというのが何ともハヤ。
そういえばボーメさんの作品展をやってて、ウチの子が居なかったのでちょっとがっかりしましたっけねえ……。

そして一週間後、帰ろうとしたらまた雪が降り始め、大慌てでホテルを飛び出して空港でひと便速いのに切り換え、空港から空に飛行機が飛び上がったとき、機内を「ほっ」とした空気が包んだのを覚えています。

色々あるので、今年のWFには顔を出せそうに無いですが、行かれる方々はどうぞお気を着けて……

なんとまあ、落ち着かない日々が続いております

年が明けたとは言え、ついつい2015年、と書いてしまう今日この頃ですが皆様は如何でしょうか。

疾走れ、撃て!の最終巻を書き終えて次の作品をということで準備していますが、まるっきり新しい所から始めるというのは色々アレでして、なかなかに悩ましいものです。

近いうちに色々告知できますようにと思いつつ準備をしている今日この頃です。

ジャイアント・ロボ

生まれて初めて、模型をフルスクラッチしたいと思った対象はジャイアント・ロボ(昭和の実写版)でした。
結局手近にあった紙で胴体部分を試作したところで自分の不器用さに絶望したために中断したんですけれども(笑)
子供の頃、一番最初に見た巨大ロボット特撮だった、というのもありますし、雑誌「宇宙船」と運命的とでも言うべき出会い(何しろこの雑誌から海外SF映画やソノラマ文庫を知っていくわけですから)をしたとき、表紙の開田裕治先生のイラストと同じぐらい私の心を掴んで放さなかったのは、幼いときに見た「ジャイアントロボ」の特集でした。
小学生にしては大金の780円(少年ジャンプがまだ150円ぐらいの時代です)をはたいて購入したその号(創刊4号)をボロボロになるまで読みました。
「バビル2世」のポセイドン、「鉄人28号」も好きだったので(といっても後者の方はリアルタイムではなく、再刊された漫画で知ったのですが)、マジンガーZととも他のロボットアニメのロボット立ちとも違う無骨な巨人の姿は胸に焼き付いていました。
時は流れてその「ジャイアントロボ」がアニメとしてリメイクされると聞いた時、どうなることやら、と思っていましたが、あの昭和のロボを、大胆にアレンジし、しかも顔をアーノルド・シュワルツェネッガーそのもののイメージにしたイメージ画が凄く気に入って、レンタル屋(当時沖縄ではブックボックスというチェーン店が最強でした)で棚に差したばかりのビデオ(すでに当時VHSの勝利は確定後でした)を借りてデッキに放り込んで数10分後、唖然とした私はそれを引っ掴んで友人の家に向かったのでした。

「これ、面白いよ! 凄いよ!」

作画は綺麗でテンポが良くて外連味があって、しかも豪勢なことに家弓家正、飯塚昭三、島本須美、青野武、若本紀夫……を「はじめとした」としか表現出来ない豪華な声優陣。何しろ主役の大作少年でさえ、山口勝平さんという。

まさか完結に十年かかるとは思いませんでしたが(笑)

そしてそのロボがとうとう超合金ラインナップに入るそうで。

以前にも某メーカーから合金系のトイは出たんですが、高い割りにあまり動かず、私の場合個体差なのでしょうが、あっさり関節が折れてしまったりしたので、今回は期待しております。

リボルテックヤマグチ版を越えてくれますように…………

龍炎狼牙さんの新刊が出てます

物事を初めて10年はどんな形であれ人は成長するものですが、20年を越えてもなお成長するにはどれだけの修練を積み、心配りをし、自分自身を客観視し、その上で正しい方向を決めて動けるか、ということになります。

10年を越えてくると「努力する才能」というのも必要になるということでしょうか。

人はいずれ年老いていきますし、新鮮な驚きもやがては慣れていきます。

最前線に立っている人たちというのはそこを越えてなお、気を抜かずに(そしてごく当たり前のように)努力を続けるという能力を持った人たちです。

そんな人たちの中で幸運にも一番最初に我々が出会い、以後も長くお付き合いさせてもらっているのが龍炎狼牙さんです。

デビュー作「とらぶるEVOCATION」は当初こそお気楽な「押しかけ女房コメディ」で始まりましたが、最後の辺りではシリアスな展開やこの手の作品では「その他大勢」にしか過ぎない脇キャラにもスポットを当てる展開を見せて「おお!」と読者を唸らせ、次いで始まった「魔討奇譚・斬奸ZANKAN!」は超伝奇世界における群像劇を、堂々と4年の長さをかけて描ききりました(ささやかながら中笈木六もノベライズ版を書かせてもらい、その世界の手助けをさせていただいたのは光栄でした)。

その後も「魂の鎖」では「墜ちていく魂とその救済」を描き、「アルケミラの滴」ではほのぼのとしたファンタジー世界の中の人間関係の変化を描き、「ムクロヒメ」では「自死を望むほどの孤独な魂の救済」を描いていきました。

神野オキナにも「うらにわのかみさま」「星魔の砦」という二作品で挿絵を提供してもらいました。
そして「にょたいかっ!」ではそれまでの「若者」の世界にくわえ「大人」の社会と心のあり方を描くというステップアップをしてみせて、読者として「うわ、この人、何処まで行くんだろう?」と感動したのを覚えています。

龍炎さんの作品内の視点はいつも優しいですが、単純に甘ったるい優しさではなく、そうではない冷たい影や、優しさにたどり着けない人々の葛藤や断絶も描いています。

で、その同人誌活動におけるオリジナル最新作が「騎士団長、陥落ス」の2巻です。

王女を守る為に精悍無比な騎士団長が性転換魔法で王女そっくりの姿になって……というTS物の一種、典型とでも言うべき「これが……俺(僕)?}で始まる話ながら、1巻では友情と恋の板挟みとすれ違いなどをしっかり描き、2巻では「嬉し恥ずかしビキニアーマー装着」という鉄板ネタを中心にしながらも、「代用品を通しての恋慕」をしっかり描いていて、読み応えがあります。
ちょっとした小さなコマや、キャラの仕草に色々と「読み取れる」ものが一杯あるので、読み返すたび新しい発見がある、龍炎作品ならではの楽しみ方も健在です。

今商業連載がないのは残念ですが、いずれまたこれほどの人が呼ばれぬわけはないので、期待しつつ、まずは声援代わりに売り上げに貢献しましょう、というわけでして…………(笑)

とらのあな

DLSite.com

DMM.com

 

地元FMにゲストで出ることになりました

これまでも何回か出していただいているのですが、那覇にあるタイフーンFMさんというコミュニティFMの番組「小ネタ超特急」に来週水曜日、ゲストで出させていただくこととなりました。
月1回の楽しい番組で、漫画からアニメ、色々と幅広い話題で楽しいお喋りな所です。
こちらとしても安心してお話が出来るので、ご興味があれば是非(webで配信もしております)
なおアンケートテーマは
「俺、覚醒!! 今年の俺様の抱負!!」
http://uruma.ap.teacup.com/koneta/306.html?platform=hootsuite

どうぞよろしくお願いいたします。

雨と日付と

沖縄の気温は現在(12月~2月にかけて)下が15度、上が20度、というとたいていの人が「うわー、あったかいですねえ」と仰います。
確かに気温は高いですが、風は北風、そして常に吹きっさらしです(何しろ四方は海で高い山もないですから)。
風は体感温度を5度以上、場合によっては10度近く下げてしまうとか。
つまり「15度設定のクーラーの中に居る」と考えて下さい。
半袖で来られるのはOkですが、夜のためにあるいは風が強い場所(万座毛や海沿い)などに行かれる場合、必ず薄物でけっこうですから上から羽織れる長袖を持ってこられることをお薦めします。
まして昼間雨が降った後となれば、がくん、と気温が落ちることはよくあります。

以前北海道から来た人が「いやあ、ここは天国ですねえ!」と仰って二日後風邪引いて帰ったという冗談みたいなこともありましたので。

アマチュア時代

誰もが皆最初は素人で、模写から始まります。

ご多分に漏れず、私も最初は菊池秀行先生と池波正太郎先生、そして当時はジュブナイルで幾つも傑作を書いていた鳴海丈先生の文章を真似ようと、原稿用紙に本を書き写してたりしてました。

そのうち、自分でも小説が書きたいと思うようになります。寸前まで漫画家とどっちがいいだろうと思っていましたが、結局人の内面を掘り下げるのは小説だし、絵はいっかな上達しないし、文章ならワープロがあれば文字の下手さ加減も判らない、という打算的な側面もありましたが。

 

最初にやったのは鴨下幸久さん(別ペンネームはこのどんとさんとも言います)の「ミッドナイト・ファイル」の一作目のノベライズ。やっていくウチにドンドン話が膨らみ、あちこちに膨らんで……というのが五〇枚ぐらい。

これはそのまま誰にも見せぬままにお蔵入りになりました。習作だと自分でも自覚してましたし。

その次に当時入っていたアニメサークルの同人誌で発表した二十枚ぐらいの作品。

これは当時読んだ古谷三敏先生の「バー・レモンハート」の一話をモチーフに、バーのマスターが常連だった知り合いの為にガバメント片手に敵地に乗り込み、そいつを救い出して一発ぶん殴って別れるという話でした(仲間内の評価はさんざん)。

しかも当時まだワープロは高値の花で、一階の中高生には入手出来ません。

そこで絵の上手い知りあいが「清書してやるよ」ということで思いついたのが、遺伝子兵器が炸裂した後の未来都市で、超能力兵器の少女を、それと知らず拾った女性刑事が、彼女が暴走、その命を絶つ、という短篇。

初めて挿絵というものがついてくれたお陰で、これは評判も上々でした。

それと並行して当時平井和正先生のヤングウルフガイと菊地秀行先生のエイリアンシリーズに影響を受けて書き始めたのが、実はヴァンパイアとのハーフ(菊地先生の吸血鬼ハンターDの影響でヴァンピール、と当時は呼んでいました)だった少年が十六歳の誕生日を期に能力が発動。吸血鬼の王の血筋を引く彼を狙って、謎の軍事組織やCIA、日本政府に吸血鬼の一族までもが彼を狙いはじめ、彼はCIAの遺伝子改造を施された、戦闘に関しては完璧だが一般常識の欠けたスーパーソルジャー(この辺菊地先生の『魔界行』とヤングウルフガイの虎4、そして「超時空要塞マクロス」のミリア・ファリーナの影響)との逃避行をする、というお話を書いていましたが、これは途中で雲散霧消。

代わりにもっとタイトな者を書こう、ということで当時出たてのアップルシードからインスパイアされて、「最終戦争」を行った後の地球をヒロインが辛うじて地下に残った世界政府の命令でバイクで巡るけど、とある、軍事用サイボーグに支配された村で捕らえられてしまう……実はそこは増えたゾンビを食料にしていたのだ、というお話。彼女を助けるのが飄々としたエスパーの美少年というのが三つ子の魂ですね。タイトルは「死霊都市(ゾンビーシティ)」といいます八十年代とはいえいくら何でものタイトルですな(笑)

それから後、雑破業先生や星野ぴあす先生の同人作品に触れ「ここまでしていいものなんだ!」と驚いた私は中笈木六名義で短篇を書き、応募してこの稼業に手を染めたわけです(蓬莱学園RPGの同人誌はこの後)。

今殆ど当時の原稿は散逸してしまい、手元には「死霊都市」の一部がある程度ですが、さてあの頃の情熱は今あるか、といわれると……実はあります、ただあの頃のように自分が楽しめればそれでいい、ではなくなったのが二十年という時間のもたらした変化でしょうか。

ただ、それも時たま忘れるぐらい「これ書きたい!」と思う事があって、以下の作品はその結晶です。

お試しにどうでしょう? 作家志望の方は何かつかめるかも知れませんよ?

日曜の朝

…………といえば今や子供のための時間帯、となって久しいですが今から×十年前はむしろ「日曜対談」とか「明日の世界と日本」などのお堅い政治番組と「兼高かおる世界の旅」などのドキュメンタリー番組の時間帯でした。
ところが地方局というのは時折おかしな編成をするもので、沖縄では「宇宙の騎士テッカマン」がこの時間帯で放送されました(当初は違う時間帯で引っ越してきたのかも知れません…そんな暴挙も地方局では当時……いや今でも珍しくありませんでした)。
当時、新しいもの好きだった両親のお陰でプロテスタント系の幼稚園に通っていた私は小学校にあがっていましたが、未だに日曜学校には通う日々でした。
朝9時半から10時あたりが放送時間で急いで帰ってくれば間に合う、というレベルだったと思います。
この作品みたさに私は次第に日曜学校から足が遠のきましたが、母は何故か完全に行かなくなることを当時許さず、結局、テッカマンが敵の軍単に突っ込んでいくところまでを観たものの、最終回を観ることは出来ませんでした……と思っていたのですが、実はこの作品、そこで終わってたんです。

今ではむしろ「贅沢」と言われる2クール、26話で終了となっていたんです。
あの記憶にある敵に突っ込んでいくテッカマンが本当にラストシーンだったわけですね。

で、時は流れて十数年後、ケーブルテレビで再見した私は、そのことを確認し、そのサブタイトルが「勝利のテッカマン」になっている理由を知って驚いたのでした。

新造人間キャシャーン、テッカマン、ゴワッパー5ゴーダムの三本のうち、テッカマンはその中でも少々別格の作品として私の中に刻まれることになります。

それが後に「あそびにいくヨ!」の中でエリスの装着する「宇宙用戦闘服」の姿となるわけで、まさかアニメ化されるときは……とおもったらちゃんとAIC+さんはタツノコさんにお話を通してくれて、テッカマン=エリスは実現したのでした(笑)
できればこの姿のエリスも立体物が欲しかったですねえ(笑)。

そんなわけで今日から背景が賑やかになりました

前々からやろうと思っていたんですが、なかなか出来なかった「背景をこれまでの著作物の表紙にする」を行いました。デビュー作「闇色の戦天使」と電子書籍版が存在する『南国戦隊シュレイオー」3冊は省きましたが、それでも65冊はあります。続きを書きたかった作品もあればこれで書ききったという作品もありますが、まだまだ前者のほうが多いですねえ。
そんなこんなで、神野オキナ名義での活動は99年ですから今年でまる15年を過ぎました。

69冊は榊一郎さんの100冊越えには遠く及びませんが、それでももっと遠くに行くにはさらなる作品作りが必要なわけで。

どうぞ皆様これからもよろしくお願いいたします。