雨と日付と

沖縄の気温は現在(12月~2月にかけて)下が15度、上が20度、というとたいていの人が「うわー、あったかいですねえ」と仰います。
確かに気温は高いですが、風は北風、そして常に吹きっさらしです(何しろ四方は海で高い山もないですから)。
風は体感温度を5度以上、場合によっては10度近く下げてしまうとか。
つまり「15度設定のクーラーの中に居る」と考えて下さい。
半袖で来られるのはOkですが、夜のためにあるいは風が強い場所(万座毛や海沿い)などに行かれる場合、必ず薄物でけっこうですから上から羽織れる長袖を持ってこられることをお薦めします。
まして昼間雨が降った後となれば、がくん、と気温が落ちることはよくあります。

以前北海道から来た人が「いやあ、ここは天国ですねえ!」と仰って二日後風邪引いて帰ったという冗談みたいなこともありましたので。

アマチュア時代

誰もが皆最初は素人で、模写から始まります。

ご多分に漏れず、私も最初は菊池秀行先生と池波正太郎先生、そして当時はジュブナイルで幾つも傑作を書いていた鳴海丈先生の文章を真似ようと、原稿用紙に本を書き写してたりしてました。

そのうち、自分でも小説が書きたいと思うようになります。寸前まで漫画家とどっちがいいだろうと思っていましたが、結局人の内面を掘り下げるのは小説だし、絵はいっかな上達しないし、文章ならワープロがあれば文字の下手さ加減も判らない、という打算的な側面もありましたが。

 

最初にやったのは鴨下幸久さん(別ペンネームはこのどんとさんとも言います)の「ミッドナイト・ファイル」の一作目のノベライズ。やっていくウチにドンドン話が膨らみ、あちこちに膨らんで……というのが五〇枚ぐらい。

これはそのまま誰にも見せぬままにお蔵入りになりました。習作だと自分でも自覚してましたし。

その次に当時入っていたアニメサークルの同人誌で発表した二十枚ぐらいの作品。

これは当時読んだ古谷三敏先生の「バー・レモンハート」の一話をモチーフに、バーのマスターが常連だった知り合いの為にガバメント片手に敵地に乗り込み、そいつを救い出して一発ぶん殴って別れるという話でした(仲間内の評価はさんざん)。

しかも当時まだワープロは高値の花で、一階の中高生には入手出来ません。

そこで絵の上手い知りあいが「清書してやるよ」ということで思いついたのが、遺伝子兵器が炸裂した後の未来都市で、超能力兵器の少女を、それと知らず拾った女性刑事が、彼女が暴走、その命を絶つ、という短篇。

初めて挿絵というものがついてくれたお陰で、これは評判も上々でした。

それと並行して当時平井和正先生のヤングウルフガイと菊地秀行先生のエイリアンシリーズに影響を受けて書き始めたのが、実はヴァンパイアとのハーフ(菊地先生の吸血鬼ハンターDの影響でヴァンピール、と当時は呼んでいました)だった少年が十六歳の誕生日を期に能力が発動。吸血鬼の王の血筋を引く彼を狙って、謎の軍事組織やCIA、日本政府に吸血鬼の一族までもが彼を狙いはじめ、彼はCIAの遺伝子改造を施された、戦闘に関しては完璧だが一般常識の欠けたスーパーソルジャー(この辺菊地先生の『魔界行』とヤングウルフガイの虎4、そして「超時空要塞マクロス」のミリア・ファリーナの影響)との逃避行をする、というお話を書いていましたが、これは途中で雲散霧消。

代わりにもっとタイトな者を書こう、ということで当時出たてのアップルシードからインスパイアされて、「最終戦争」を行った後の地球をヒロインが辛うじて地下に残った世界政府の命令でバイクで巡るけど、とある、軍事用サイボーグに支配された村で捕らえられてしまう……実はそこは増えたゾンビを食料にしていたのだ、というお話。彼女を助けるのが飄々としたエスパーの美少年というのが三つ子の魂ですね。タイトルは「死霊都市(ゾンビーシティ)」といいます八十年代とはいえいくら何でものタイトルですな(笑)

それから後、雑破業先生や星野ぴあす先生の同人作品に触れ「ここまでしていいものなんだ!」と驚いた私は中笈木六名義で短篇を書き、応募してこの稼業に手を染めたわけです(蓬莱学園RPGの同人誌はこの後)。

今殆ど当時の原稿は散逸してしまい、手元には「死霊都市」の一部がある程度ですが、さてあの頃の情熱は今あるか、といわれると……実はあります、ただあの頃のように自分が楽しめればそれでいい、ではなくなったのが二十年という時間のもたらした変化でしょうか。

ただ、それも時たま忘れるぐらい「これ書きたい!」と思う事があって、以下の作品はその結晶です。

お試しにどうでしょう? 作家志望の方は何かつかめるかも知れませんよ?

日曜の朝

…………といえば今や子供のための時間帯、となって久しいですが今から×十年前はむしろ「日曜対談」とか「明日の世界と日本」などのお堅い政治番組と「兼高かおる世界の旅」などのドキュメンタリー番組の時間帯でした。
ところが地方局というのは時折おかしな編成をするもので、沖縄では「宇宙の騎士テッカマン」がこの時間帯で放送されました(当初は違う時間帯で引っ越してきたのかも知れません…そんな暴挙も地方局では当時……いや今でも珍しくありませんでした)。
当時、新しいもの好きだった両親のお陰でプロテスタント系の幼稚園に通っていた私は小学校にあがっていましたが、未だに日曜学校には通う日々でした。
朝9時半から10時あたりが放送時間で急いで帰ってくれば間に合う、というレベルだったと思います。
この作品みたさに私は次第に日曜学校から足が遠のきましたが、母は何故か完全に行かなくなることを当時許さず、結局、テッカマンが敵の軍単に突っ込んでいくところまでを観たものの、最終回を観ることは出来ませんでした……と思っていたのですが、実はこの作品、そこで終わってたんです。

今ではむしろ「贅沢」と言われる2クール、26話で終了となっていたんです。
あの記憶にある敵に突っ込んでいくテッカマンが本当にラストシーンだったわけですね。

で、時は流れて十数年後、ケーブルテレビで再見した私は、そのことを確認し、そのサブタイトルが「勝利のテッカマン」になっている理由を知って驚いたのでした。

新造人間キャシャーン、テッカマン、ゴワッパー5ゴーダムの三本のうち、テッカマンはその中でも少々別格の作品として私の中に刻まれることになります。

それが後に「あそびにいくヨ!」の中でエリスの装着する「宇宙用戦闘服」の姿となるわけで、まさかアニメ化されるときは……とおもったらちゃんとAIC+さんはタツノコさんにお話を通してくれて、テッカマン=エリスは実現したのでした(笑)
できればこの姿のエリスも立体物が欲しかったですねえ(笑)。

そんなわけで今日から背景が賑やかになりました

前々からやろうと思っていたんですが、なかなか出来なかった「背景をこれまでの著作物の表紙にする」を行いました。デビュー作「闇色の戦天使」と電子書籍版が存在する『南国戦隊シュレイオー」3冊は省きましたが、それでも65冊はあります。続きを書きたかった作品もあればこれで書ききったという作品もありますが、まだまだ前者のほうが多いですねえ。
そんなこんなで、神野オキナ名義での活動は99年ですから今年でまる15年を過ぎました。

69冊は榊一郎さんの100冊越えには遠く及びませんが、それでももっと遠くに行くにはさらなる作品作りが必要なわけで。

どうぞ皆様これからもよろしくお願いいたします。

そんなわけで

本日付でまたひとつ歳をとりました。

もはや誕生日を祝う年齢では無く「門松や、冥土の旅の一里塚」という戯れ句が身に染みる年齢ですが、それでもドタバタえっちらおっちら前に行こうと思います。皆様どうぞよろしくお願いいたします。

「 駄能力JK成毛川さん」が正式タイトルです

年明け早々ですし、楽しいweb漫画の話から始めましょう。

これもまた前回紹介した「宇宙戦艦ティラミス」を教えてくれた人からですが、

やわらかスピリッツというサイトで連載されていた「駄能力JK成毛川さん」です。
「駄能力JK成毛川さん」というのでてっきりヘッポコエスパーものだと思っていたら、主人公の成毛川さんの正体はクラスメイトの里中君と一緒に勉強会をしていてドキドキしている女の子ではなく、「ちんげちらし」という人間の陰毛を部屋のあちこちに散らすのが仕事という妖怪でした、と最初の1ページで説明されるという……こらまて(笑)
とはいえ成毛川さんは別に人外の正体があるわけではないらしいので、外見だけで言えば「無駄な能力を持ったJK」なのでタイトルに偽りはギリでない、ということになりますけれどもね(笑)

上手いのはエスパーなら人類の一種ですが、妖怪変化は明らかに人間ではないため、彼女自身は里中君との将来はきっぱり諦めていて、「だからこそ妖怪として彼の陰毛を!」という妖怪ならではの行動原理で動く、動くとドジッ子なので里中君にはラッキースケベの塊になる……だけではなくて、妖怪としての日常やらなにやらもあるというのが楽しいです。

やわらかスピリッツ「駄能力JK成毛川さん」

現在サイトには1~3話と最新6話、そして短篇が三本読めるようになっています。

2月に単行本が出て、売れ行きが良ければ続きが連載されるそうなので、よろしければ是非!

 

 

2015年も本日で最終日です

今年もあと1時間と少しとなりました。

今頃コミケから帰られる方、実家でゆっくりとくつろいでおられる方、私のように年末年始関係なし(あるいは年末年始だからこそ)働いておられる方、色々いらっしゃると思います。

今年も色々ございましたが、読者の皆様のおかげで何とか無事に過ごすことが出来ました。

私自身はこれまで支えてくれた2つの大きなシリーズを終わらせ(あそびにいくヨ!は最終巻までを刊行、疾走れ、撃て!は来年3月刊行となりましたが、執筆自体は終わっております)、ホッとした半面、溜まらなく寂しく、不安な気分の中、次の仕事に取りかかるべくあれこれと書いたり消したり送ったり、を繰り返しております。

デビューからするとかなり遠くから来ました。今年で神野オキナは15年、物書き稼業でご飯を食べるようになってから20年になります。

かなり遠くまで来たように思えましたが、意外とそうでもない、と判ったので、今はさらに遠くへ行くために準備をしているという所でしょうか。

それまで絶版だった「南国戦隊シュレイオー」をマイナビさんに協力していただいて電子書籍として復刊し、ホームページを移動し、ブログ方式に変更したのもその準備の一環です。

世間も世界も変わりつつあり、その中にある出版業界もまた大きく変わりつつあります。

もう少し、更に遠くへノタノタでもヨタヨタでも歩いていこうと思います。

色々無様もお見せすると思いますが、何卒皆様お付き合いの程を。

 

では皆様、良いお年を!(神野オキナ、中笈木六、由麻角高介)

帝国の逆襲~ジェダイの復讐まで

昨夜というか今朝方(?)関東のあたりではスターウォーズの帝国の逆襲とジェダイの復讐(どうしても私の世代はジェダイの帰還、といわれてもしっくりきません)までを連続放送したそうで。

帝国の逆襲の時はまだ小学生で、余りにも人が並んでいつも見ていたグランドオリオンや国映館(どちらも今はありませんが那覇で有名な映画館で外国映画の大作はこのどちらかで掛かるのが常でした)では観ることが出来ず、若松国映という、普段はポルノ映画の専門だった小さな映画館に行くことになりまして……まだそういう方面に目覚めるどころか「どうして007では秘密兵器をすぐ壊しちゃうのに女の人との場面は長いのだろう?」と思うような子供だったので、映画館内のポスターにも興味は惹かれず、ただ「10回観て満足しなければあなたも変態!」という煽り文句以外は記憶から抜け落ちてますが、映画が始まってからのことは克明に覚えています。
閉塞感から一挙に解放される1作目と違い、2作目はひたすら耐えて偲んで……という地味な展開ながら、SFXはそれまで「むずかしい」とされていた雪原を背景にした合成を多用し、なによりも人形アニメでゆっくりとやってくるATATの重量感と、人間の合成の自然さに驚き、あの台詞にひっくり返り……終わった後、「もう少しこのイスに座っていたら続きが始まらないかな」と思っておりました。

そして数年後の「ジェダイの復讐」。私は中学に入っていて、沖縄でも「先行上映会」というものが催されるようになり、その第一号がこの映画だったと思います。

場所は「沖縄唯一の70ミリスクリーン」がうたい文句だった先出のグランドオリオン。
何とかお金を捻出し、一人で見に行ったらそこに当時所属していたアニメサークルの先輩(大学生)が居て、その人に当時沖縄にも上陸し始めていた「クレープ」なる食べ物を、初めて食べました(そのお店はテーブル席があるクレープ屋で、皿に折りたたんだクレープをチョコソースなどで盛りつけ、フォークとナイフで食べるというオシャレ系でしたが、一年足らずで撤退、今はその場所に地元で有名な『青島食堂』があります)。
凄く楽しくハッピーエンドで面白かった、と思う半面、銀河を揺るがす戦いの結末が、なんで森の木陰でドンジャラホイ、で終わるんだろうと微かに思いましたっけ(笑)

そのエンディングも「特別編」で書き換えられ、ダース・ベイダーの中の人はアナキン叔父さんからアナキン君に変更させられ、イウォークの宴会は音声カットという形で「帝国を妥当した喜びにわく銀河」のカットが入ったんですが……でもやっぱりあの旧三部作の初回上映版こそがやっぱりいいなあと思うわけです。

「特別編」どころか「新三部作(EP1~3)」から入った人たちはどう思うんでしょうね。