北崎拓先生「ますらお」各巻発売中!

北崎拓先生から「ますらお」の新装版と「波弦、屋島」編の2巻を頂きました!

それまで「悲劇の貴公子」としてしか描かれてこなかった源義経を、「美しい、繊細な獣」という側面から描き直したこの作品、北崎先生の各あるシリーズの中では最も長く、掲載誌を変更して続いている作品です。
北崎先生の流麗な絵で、源平絵巻というだけでも凄いんですが、「男と女」ことに「女性心理の神々しさと禍々しさ」に「男の高潔さとどうしようもないダメダメの部分」をごりごり描くことにかけて比類のない先生のストーリーラインやキャラクターの表情、なぜひょいと出てきた義経を、兄の頼朝があっさり認めた(ように見える)のか、という政治的なバックグラウンドや、史実で有名な「八艘飛び」や「一ノ谷の戦い」などこれまで華麗なる義経の戦歴とされていたファンタジックとも言える描き方のみをされてきた歴史上のことを、血肉を飛び散らせる生々しい「殺し合い」としての「いくさ」として描き直すという展開も燃えます!

……という内容に興味を覚えた方、まだ読まれたことがないかた、かつて読んでいたけどどこから読み直せば?あるいはもう一度最初から集めたい というかたは是非下のリンクで試し読みなどをなさってください!

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ちょっと環望先生の「ソウルリキッドチェインバーズ」を応援

明日、環望先生の「ソウルリキッドチェインバーズ」の第3巻が出ます。
こういう表紙です。

 

 

 

 

 

 

これで「第一部」が終了となっていますが、第二部に続くには条件があると編集部から言われたそうで。
どういうものかというと、この3巻の売れ行きが一ヶ月で在庫の70%、つまり発行部数の7割を一ヶ月で売り切らないと第二部の続行はないんだそうです。
そもそも「ソウルリキッドチェインバーズ」って何? というとですね、ポストアポカリプスな未来、ゾンビが徘徊し文明が滅びかけた世界で「情報」を携えて旅をする青年にとある少女が仕事を依頼してきます。彼女はいかにも深窓のご令嬢らしい心の優しい穏やかな性格の少女なのですが、常に肌身離さずな熊の縫いぐるみは妙に口が悪く、しかも彼女を狙う連中もいて、それはこの世界にゾンビが溢れた秘密と関わりがあるらしく。
かくて逃避行の最中、ついに追い詰められた青年と少女、絶体絶命の最中、少女の手足が「取り替え」られたとき、チェインソーが死のエンジン音を奏で、ゾンビどもの手足が飛び散り涙が流れ、悪を滅ぼす死の舞踏(ダンスマカブル)が始まる……というようなハードアクション。

うちの作品が好きな方なら絶対に気に入ると思います。

正直、ここで終わるには惜しいですし、「続きが書きたいしそのポテンシャルもある作品なのに売れ行きで中断」という悔しさは嫌というほど、作家としても読者としても知っているので、ここは勝手に応援させて貰うことにしました。

環先生の代表作のひとつ、「ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアバンド」の第二部「スカーレット・オーダー」が世に出たとき「普通に続くだろう」と思っていたら、結局「売れ行き」を理由に打ち切られ、一ファンとして唖然とした思いをしました。

最近も加遠宏伸先生の格闘アクションでありながら国際紛争ものというユニークな「大行者ナギ」とか、道明宏明先生のスペースオペラ「さよならジュリエッタ」とか続いて欲しい作品がありました。(興味のある方はタイトル名をクリックすると無料で一話が読めるところに飛べます)。

どんなに「いい作品」であっても「それを探している」人の所に届かねば売れてくれない、そういう現実があるのです。

さて、3巻が売れるには1巻が売れねばなりません。だって最初からお話を知らない人は、3巻からは買わないでしょ?

というわけで、まず第1巻の立ち読みが出来るソク読みのリンクから

ソク読み

面白いと思ったら是非書店発注、もしくはwebで紙の本、もしくは電書でお買い上げを。

Amazonのリンクから。

ソウルリキッドチェインバーズ1/環望 とらのあな通販

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e-honya ソウルリキッドチェインバーズ1巻・環望(電書もここで)

TSUTAYAオンラインショッピング ソウルリキッドチェインバーズ① 環望(店舗受け取りも可能)

大迫先生が亡くなってからもう七年になります

作家の大迫純一先生が亡くなられてからもう7年になります。

ご存命でしたら今日がお誕生日で、まだ55歳。現役バリバリで書かれていることでしょう。
ライトノベルだけではなく、恐らく本格SFやハードアクション、そういう一般向けの著作もあったに違いありません。

そんなわけでちょっと思い出話を。

最初に私が知った時、80年代の大迫先生は「漫画家」でした。

魔を諭し邏る、という意味の「魔諭羅」の名を持つ謎の少女を中心にした伝奇アクション、そして「正義」を貫く狂ったヒーロー「デストマン」が強烈なインパクトでした。

そして、いつの間にかその人はゼネプロ(後にガイナックスに発展する母体となったSFカルチャーショップ)で「大迫てんちょー」の名で親しまれる人と同一と聞き、驚いていたら、次にお名前を目にしたときには実話怪談系の小説家になられていました。

そして、ゾアと呼ばれる「新人類」を狩るサイボーグ(というよりも義手義足の男、とでも言うべき無骨さなのが格好良かったんです!)を主人公にした「ゾアハンター」を皮切りに、


榊一郎先生が構築した壮大なシェアワールド「ポリフォニカ」シリーズにおいて、「大人の男」を主役にした「ポリフォニカ・ブラックシリーズ」さらにそこから枝分かれした「レオン・ザ・レザレクター」シリーズなど、熱い「漢」の物語を執筆し、さあまだまだこれからだ、という所で突然、この世を去って行かれました。


私の知る大迫さんは温厚で、いつもニコニコと、そして飄々としていながら芯の通った感じのある「兄貴」というイメージです。

私の個人的な縁としては今は絶版中のソノラマ文庫「封神機マカリゼイン」という作品で、大迫さんが作った「超演繹能力」というものを使わせてくれとお願いし、「私の名前出して下さるならいいですよ」という快諾を貰ったぐらいでしょうか。

実際にお会いしたのは二回、大阪でゲスト講師を行ったときと、GA文庫の謝恩会の時です。

大阪の時は人が多すぎ、GA文庫の時は「立っているのが辛い」と離れた場所にある椅子に腰を下ろし、お友達と話し込んでいるのを見て、「邪魔しちゃ悪い」と立ち去ったことを、今でも悔やんでいます。
是非、じっくり話し込んでみたかった。
特撮を愛するだけではなく、ちゃんと「欠点」を指摘しつつ、それを愛せる人でした。
その辺の葛藤や思考を是非お聞きしたかった。
この前も取り上げたイギリスBBCの「ドクター・フー」の9代目ドクター(クリストファー・エクルストン)が好きで、その孤高さを好み、ソニック・スクリュードライバーを個人輸入するぐらい熱心でした。
今、大迫さんが懐かしみ愛おしんだ過去の特撮作品がリブートされ、あるいはその新作が次々作られる状況で、どう思われ、どう見るのか。
Amazonの出資で「仮面ライダーアマゾンズ」が作られてますが、特に、それをどう思われるのか、是非聞いて見たかった。

何よりも、今、大迫純一という人が生きていたらどんな新作を書いていたのか、読みたかった。

残されたものは、忘れないことだけが逝った人に対する唯一無二の敬意の表れなので、つれづれ話をしていましたが、とりとめがなくなってきたので、今回はこの辺で。

「この業界には時間外労働が必要よ」「それは家庭でも同じです」

CSでの初回放送時、大雨のお陰で殆ど観ることが出来なかった「エージェント・オブ・シールド」の第2シーズンの1話2話を見ようとレンタルしてきたら、オマケに「エージェント・カーター」の第1話が入ってました。
「キャプテン・アメリカ」の永遠の恋人、元イギリス情報部のペギー・カーターが戦後、シールドの前身になるSSRのエージェントとして活躍する、というお話。

実は「エージェントオブシールド」のシーズン2を動かす「とある品物」は彼女がヒドラからは捕獲した物資という設定なので、この「エージェント・カーター」は設定の背後を描く意味で「エージェント・オブ・シールド」の中程辺りの時間帯で放送されたとか。

1948年、戦後3年という東京は焼け野原、バラックと闇市の時代ですが、そこはアメリカ、無傷の高層ビルが立ち並び、「人類最後の大戦争(当時はこう思われていました)」に勝ったという喜びに湧いてて、社会は戦時体制を解かれ、かつ戦時中に工場で働いていた女性達が戦地から戻ってきた男性を雇用するために次々と首切りにあっていた時代でもあります。

男尊女卑が認識さえされていない時代と街並み、人の暮らしをてきぱきと活写しながら、「キャプテンアメリカの恋人だから出世したんだろ?」と軽く見積もらつつ、そんな頭の悪い偏見をはねのけるべく背中を真っ直ぐ伸ばしているカーターの姿が恰好イイのです(中には彼女の立場に同情的で庇おうとしたりする同僚も居ますが『好意は嬉しいけれど、自分の事は自分でやらないと意味がないから』とはね除ける潔さ!)。
ただ少々意固地になってる部分があるというのがまた彼女なりにキャップの喪失を埋めようとしているのかしら、とも取れるのが上手い。

1話の特別ゲストという形で「アイアンマン」の社長こと、トニー・スタークの父親も「キャプテン・アメリカ」から引き続き登場しますが、実は若い頃は息子に負けず劣らず女ったらしだったこのスターク父が、カーターにだけは「友人」である、という所がまた、「キャプテン・アメリカ」とこのお話が地続きであるという証明になっております。

そして意外なキャラクターのモデルと思しき人物も登場。なるほど彼をモデルにするわなーという人物でもあります。今回のタイトルはカーターとその人物の会話からの抜粋。

さらに「アイアンマン2」に絡む人物まで登場というのがまた。

個人的には40年代後半~50年代頭にかけての風俗や小道具、セットなどの豪華さはやっぱりアメリカだなあと思います。日本ではまず同じ時代の小道具をそろえるだけで大変でしょう。

「自動送受信型タイプライター」やら「腕時計型金庫解錠装置」などのスパイガジェットも盛りだくさんで見ていて楽しいです。

2月にはレンタルが開始されますかねえ。それともBlu-rayを買ってしまおうかしら。

龍炎狼牙さんの新刊が出てます

物事を初めて10年はどんな形であれ人は成長するものですが、20年を越えてもなお成長するにはどれだけの修練を積み、心配りをし、自分自身を客観視し、その上で正しい方向を決めて動けるか、ということになります。

10年を越えてくると「努力する才能」というのも必要になるということでしょうか。

人はいずれ年老いていきますし、新鮮な驚きもやがては慣れていきます。

最前線に立っている人たちというのはそこを越えてなお、気を抜かずに(そしてごく当たり前のように)努力を続けるという能力を持った人たちです。

そんな人たちの中で幸運にも一番最初に我々が出会い、以後も長くお付き合いさせてもらっているのが龍炎狼牙さんです。

デビュー作「とらぶるEVOCATION」は当初こそお気楽な「押しかけ女房コメディ」で始まりましたが、最後の辺りではシリアスな展開やこの手の作品では「その他大勢」にしか過ぎない脇キャラにもスポットを当てる展開を見せて「おお!」と読者を唸らせ、次いで始まった「魔討奇譚・斬奸ZANKAN!」は超伝奇世界における群像劇を、堂々と4年の長さをかけて描ききりました(ささやかながら中笈木六もノベライズ版を書かせてもらい、その世界の手助けをさせていただいたのは光栄でした)。

その後も「魂の鎖」では「墜ちていく魂とその救済」を描き、「アルケミラの滴」ではほのぼのとしたファンタジー世界の中の人間関係の変化を描き、「ムクロヒメ」では「自死を望むほどの孤独な魂の救済」を描いていきました。

神野オキナにも「うらにわのかみさま」「星魔の砦」という二作品で挿絵を提供してもらいました。
そして「にょたいかっ!」ではそれまでの「若者」の世界にくわえ「大人」の社会と心のあり方を描くというステップアップをしてみせて、読者として「うわ、この人、何処まで行くんだろう?」と感動したのを覚えています。

龍炎さんの作品内の視点はいつも優しいですが、単純に甘ったるい優しさではなく、そうではない冷たい影や、優しさにたどり着けない人々の葛藤や断絶も描いています。

で、その同人誌活動におけるオリジナル最新作が「騎士団長、陥落ス」の2巻です。

王女を守る為に精悍無比な騎士団長が性転換魔法で王女そっくりの姿になって……というTS物の一種、典型とでも言うべき「これが……俺(僕)?}で始まる話ながら、1巻では友情と恋の板挟みとすれ違いなどをしっかり描き、2巻では「嬉し恥ずかしビキニアーマー装着」という鉄板ネタを中心にしながらも、「代用品を通しての恋慕」をしっかり描いていて、読み応えがあります。
ちょっとした小さなコマや、キャラの仕草に色々と「読み取れる」ものが一杯あるので、読み返すたび新しい発見がある、龍炎作品ならではの楽しみ方も健在です。

今商業連載がないのは残念ですが、いずれまたこれほどの人が呼ばれぬわけはないので、期待しつつ、まずは声援代わりに売り上げに貢献しましょう、というわけでして…………(笑)

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本当に映画化できるのかしら?

去年、アメリカのSF小説界隈で話題になった事件と言えば「ゲームウォーズ」の映画が正式に決定した、ということでしょうか。

最初に日本に紹介された作品イメージがこれです。

CIA☆こちら映画中央情報局「ゲームウォーズ映画化!」

機龍とガンダムが戦い、ミネルヴァXと勇者ライディーンが援護しようとしていて、倒れ込んでいるレオパルドンの上を飛翔する青年の姿は「ウルトラマン」の科学特捜隊を彷彿とさせるカラーリングのスキンタイトなスーツ……。

正直よくある「日本でも良くある、サブカルなひとたちがアニメを適当にアイコンとして食い散らかしたいけすかない作品なのかしら」というのが第一印象でした。

で、とりあえず物は試し、ということで購入してみたんですが……。

この作品、ガチでした。ガンダムにRXー78以外の機体があるコトも、劇中登場するのが2号機だと言うことも、ミネルヴァXが自らの意志を持って動くロボットだということも、レオパルドンがマーベラー形態から変形することも、この作者は全て知った上で、80年代を愛して止まない心が溢れてくるような作品でした(ガンダムや他の日本作品の中には70年代のものもありますがアメリカには80年代にその多くが輸入されているので、彼らにとっては80年代の作品なのです!)。

お話は典型的な「ホワイト・トラッシュ」の少年の日常から始まります。

今のアメリカでも貧困者は固定資産税と市県民税を支払わずに住むようにキャンピングカーで生活する人たちがいますが、それがさらに巨大化、深刻化して上下左右に溶接でキャンピングカーを繋いで、今は無きクーロン城のようになった、というような場所で、両親もおらず、身持ちの悪い叔母の家で汚れたイヌのように扱われているのが主人公。

ただし彼には夢があります。現実の世界で言う所のジョブスとビル・ゲイツを足してハワード・ヒューズをかけたような大富豪が、今や日常の一部になった仮想現実世界「オアシス」の中に彼の遺産の全てを隠したと遺言を残し、それを手に人生一発逆転を狙う、という夢が。

その大富豪。ジェームス・ハリデーは80年代オタクで、彼の遺産を狙う者は彼の残したヒント…………自叙伝から好きな物リスト、インタビュー画像に至るまで……をチェックして何とか推理して彼の残した遺産を手に入れようとします(つまり大富豪の遺産を追うためには80年代オタクになるしかない!)が、彼の構築したネット世界は広大で、そしてそこは「課金制」の部分が殆ど。PCを起動させるのにも自転車を使った自家発電で電力を供給するしか無い主人公にとってそれは余りにも無謀な試みでした。

ですが、彼はふと気づきます。

「実はこのオアシスの基本となる無課金空間に最初の「鍵」があるのではないか」と……そこから始まるのは冒険であると同時に、プア・トラッシュの世界から抜け出る少年の出世物語でアリ、友情物語であり、ボーイ・ミーツ・ガールの物語でもあります。

脇を固めるのは主人公・パーシヴァルをしばしば出し抜く実力と計略の持ち主の少女、陽気で優しく、いつでも主人公の味方になってくれる黒人少年、そして色々な紆余曲折があって彼らに協力する日本人の兄弟。

中でも大富豪ハリデーの唯一の親友にして理解者の老人が素晴らしい。ジョブスにとってのウォズアニックであり、「ジェラシック・パークの」R・アッテンボローであり、「指輪物語」のガンダルフのようなこの人物の、物語の中に挿入されるささやかな「冒険」は主人公たちとは違った意味でのはらはらドキドキと爽快感があります。

ところがこの『宝探し」は今や世界に必要な一部となった「オアシス」を我が物にせんと目論む多国籍企業も介入していて…………と来るから自体は素直に行かず、また手に汗握る展開も出てきます。

その中でこの世界にとって「オアシス」が如何に重要か、世界がどれほど荒廃しているか、価値観が変わっているかがしっかり描写されていくのが素晴らしい。

クライマックスは80年代VS90年代という激突。取り合わせと戦い方に、私みたいな古いオタクは涙が出そうになります。

最後にカタを付けるのが「銀色の巨人」というところがまた。

映画化されるのは嬉しいのですが、本当に幾つもの80年代作品、歌やテレビ番組は言うに及ばず、「ウォー・ゲーム」から「モンティ・パイソン・ホーリー&グレイル」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はもちろんのことエヴァンゲリオンから「東映版」の「スパイダーマッ!」まで…………の権利をクリアするのがむずかしいかも知れませんがそこは各社、融通を利かせて欲しいものですねー。

 

ちとお堅い話

たまにはこういうお堅いお話を。
去年「総務省が出した資料が面白いよ」と友人にいわれ、その資料を見ながら、「これからの出版業界がどう変わるか」と「あなたたち作家はこれからどっちに行くか、出版社の出方の予想も含め、そろそろ決めた方がいい」ということで「私が」置かれるかもしれない様々な状況を想定したシミュレートというか思考実験をしたことがあります。

問題はこの資料、あまりにも言ってる事が詳細で明確すぎて「本当に? これ国が作ったの? 本当は資料のもとになったデータ収集、適当なんじゃね? あるいは君が作ったんじゃ?」と納得出来ずに疑うほどでして。

「第一、どうしてこの資料を使う会議でクールジャパンなんて変なものが決まるのよ? どう見てもこの資料が指し示してるこれからの方向性とは真逆じゃん」

という不可思議さもありました。

ともあれ、何故クールジャパンがこの資料をもってして決まったのかは謎ですが、あまりこの手の資料を読み解く頭の回転のよろしくない私は、その友人の解説とその内容を保障する資料の照会などでようやく理解納得したという有様でした。
ちなみに総務省のその資料は無料でダウンロードして閲覧が可能です。

で、それをようやく判りやすく「翻訳」する人が出てきたと言うことでしょうか。
活字離れ資料 (←こちらをクリックしてくれれば飛びます)

これに近年、森博嗣先生が出された「作家の収入」という本(90年代末までの一般小説を書いている人たちがどのような仕組みで、どれだけの部数を売ることでどういう地位を獲得し、獲得したか、現状はどういう収入の動きがあるのか、等々が具体的な数字をもって書かれています)を併読すると、これまでの出版業界と、これからやってくる「大きな波」や冒頭の友人とともにやった「思考実験」がどういう類いのものかが見えてくると思います。

(リンク先はKindle版)

作家になりたい、と思っていらっしゃる方は、作品を書きためるのは第一ですが同時に「作家になって本を出した後どうするか(専業、兼業からあくまでも趣味に徹する、○冊出したら止めるまで)」をきちんと決めるためにもこの三冊に目を通し、色々考えておくことをお薦めします。

個人的にはかなり大変な時代になると思いますが、同時にそこを乗り切れば、という思いもあり、色々です……私自身もまだ確定した答えは出ていませんし、そこは作家が考えることではない、というご意見もあるかと思いますが、我々は最終的には自営業なので、読者の方の望むことと同時に、業界で何が起こっているかは把握しないと危ないと思っています。

フィジカルな○気と疾走感

守矢ギアさんの漫画にはフィジカルな狂気と疾走感があります。
この名義での初単行本「フタナリスト」におけるキャラクターのイカレ具合と、作品世界をヒロインたちが全力疾走しつつ、目に付く者を片っ端から金属バットで殴りまくってぶっ壊すようなスピード感のある話運びと、さくっとした狂気(に近い論理飛躍やキャラクターの思考回路)は、他には滅多に無い持ち味です。

ご本人はまっとうな常識人でシャイな所もあるナイスガイなのですが、時折見せる鋭い部分を判りやすく他人に通訳するとこういう形になるのでしょう。

で、2作目「姉憑き」が今度発売になります。

こちらは天才引きこもり科学者の姉が、弟好きさの余り弟の恋人(になりそうな相手)に憑依して肉体関係を持って自分は満足、弟は女嫌いにして自分から離れられないようにする、という一石二鳥を狙うけれども……というイカレた話ですが、単に勢いだけではなく、最終回では単なる勢いだけの作品では無いという証明がされて終わるあたりが、ちゃんと「漫画」として読ませるように手を抜かない守矢さんの真面目さなのだと思います。

成年漫画で明るくてどこかイカレてて、ちょっと笑えるものがお好きなら是非

恰好イイ爺さんの小説はいかが?

バルーク(バック)・シャッツ。元テネシー州・メンフィスの刑事。
かつて第二次大戦に従軍し、ノルマンディーの地獄をくぐり抜け、帰国して古き良き、と言えば聞こえはいいが、警官が暴力を振るうのは当たり前の時代を357マグナム片手に生きた男。
「違う、ダーティ・ハリーのモデルは俺じゃない、ドン・シーゲルから一度だけ電話があった、それだけだ」
そんな男も刑事を引退して87才になった。
寡黙で、頑固で、時に強面なのは変わらないが、最後の部分はあまり出さない。
息子は不幸な事件によって失ったが、その意志を継いだ弁護士志望の孫が居る。
ハイテクはしらない、判らない。そういうのは若いのの仕事だと割り切っている。
怖い物無しの頑固者で皮肉屋、唯一素直に従わざるを得ないのは軍隊時代に惚れ抜いて結婚した妻だけ。

そんな男の元に、かつての軍隊時代の仲間から「頼むから告白を聞いてくれ」という話が舞い込んでくる。

仲間だったがクズ野郎で、大嫌いだが愛妻の言葉に逆らえず、バック・シャッツは病院に向かう。

すでに息も絶え絶えの元戦友は、「お前に告白したいんだ、『奴』はまだ生きている」と告げた。

第二次世界大戦、捕虜になったバックをさんざんいたぶり、意識不明になるほどの重傷を負わせた捕虜収容所の所長で親衛隊員の男が、今もどこかに生きている。

かつてヨーロッパの果てまでそいつを追いかけたこともあったが、80才を終えようとしている今、そんなことに何の意味がある? 毒づいたシャッツだったが、そのナチの所長は死んだとされた日付の後、「車のサスペンションが沈み込むほど」の金塊を持って逃げたはずだと元戦友は告げた……

という導入で始まるのがダニエル・フリードマンのバック・シャッツシリーズ1作目『もう年はとれない』(創元推理文庫)。

単なる「ジジィだけどスーパーマン」ではなく、肉体はボロボロ、記憶もあやふやになってくるのでアルツハイマーに怯え、でも反骨精神と人生経験から来る怜悧な頭脳は失っていないし、残り少ないと判っていながら「今後」のことに不安を抱え、欲ではなく「必要だから」金を欲する部分もある。でも卑屈には「なれない」。

翻訳の人が後書きで書くとおり「グラン・トリノ」のイーストウッドに「ダーティ・ハリー」の頃の乾いたユーモアを増量したような感じ、と言えば一番判りやすいでしょうか。
「どうして人は私に秘密を打ち上げたがるのだろう、私はそんなものにかかわりたくないというのに」
とひとりごちながら、ラッキーストライクをくわえ、すっかり重すぎると感じながらも愛用の357マグナムをショルダーホルスターに吊して「自分の中にある厄介ごとの影」を払いのけるために再び動き出すのがこの1作目。
そして黒人の民権運動が激化した50年代末、逮捕の瞬間まで追い詰めながら「ある事情」で見逃すしかなかった「プロ」の強盗が再び現れ「俺は48時間以内に死ぬ、復讐してくれ」と言い出します。
「どうやら、知りあいという知りあいはみんな、私をわずらわせずには死ねないらしい」
という幕開けなのが2作目「もう過去はいらない」


関わりたくない、というシャッツに対して「食えない性分は歳をとったからと言って衰えたりはしないよ、こりかたまって、もっと過激になるだけだ、そしておれには食えない味方が必要なんだ」と総入れ歯で笑いかける75才の「怪盗」イライジャがまた魅力的。アウシュビッツ以上の地獄から帰ってきたこの人物もシャッツ以上に「食えない」人物で、物語は過去(50年代)と現在(09年)を行き来しながら何があって、何が起こりつつあるのか、という謎解きをしていきます。
2作目ではシャッツの息子に何があったのか、シャッツの人生観に最も強い影響を与えた父母はどういう人物だったのかを明らかにしつつ、孫のテキーラとの掛け合いが増量されていて、また楽しいです。
どうも映画化も決まっているらしいですが、誰がバックを演じるのか楽しみです。
まさかイーストッドではないと思いますが……。