「この業界には時間外労働が必要よ」「それは家庭でも同じです」

CSでの初回放送時、大雨のお陰で殆ど観ることが出来なかった「エージェント・オブ・シールド」の第2シーズンの1話2話を見ようとレンタルしてきたら、オマケに「エージェント・カーター」の第1話が入ってました。
「キャプテン・アメリカ」の永遠の恋人、元イギリス情報部のペギー・カーターが戦後、シールドの前身になるSSRのエージェントとして活躍する、というお話。

実は「エージェントオブシールド」のシーズン2を動かす「とある品物」は彼女がヒドラからは捕獲した物資という設定なので、この「エージェント・カーター」は設定の背後を描く意味で「エージェント・オブ・シールド」の中程辺りの時間帯で放送されたとか。

1948年、戦後3年という東京は焼け野原、バラックと闇市の時代ですが、そこはアメリカ、無傷の高層ビルが立ち並び、「人類最後の大戦争(当時はこう思われていました)」に勝ったという喜びに湧いてて、社会は戦時体制を解かれ、かつ戦時中に工場で働いていた女性達が戦地から戻ってきた男性を雇用するために次々と首切りにあっていた時代でもあります。

男尊女卑が認識さえされていない時代と街並み、人の暮らしをてきぱきと活写しながら、「キャプテンアメリカの恋人だから出世したんだろ?」と軽く見積もらつつ、そんな頭の悪い偏見をはねのけるべく背中を真っ直ぐ伸ばしているカーターの姿が恰好イイのです(中には彼女の立場に同情的で庇おうとしたりする同僚も居ますが『好意は嬉しいけれど、自分の事は自分でやらないと意味がないから』とはね除ける潔さ!)。
ただ少々意固地になってる部分があるというのがまた彼女なりにキャップの喪失を埋めようとしているのかしら、とも取れるのが上手い。

1話の特別ゲストという形で「アイアンマン」の社長こと、トニー・スタークの父親も「キャプテン・アメリカ」から引き続き登場しますが、実は若い頃は息子に負けず劣らず女ったらしだったこのスターク父が、カーターにだけは「友人」である、という所がまた、「キャプテン・アメリカ」とこのお話が地続きであるという証明になっております。

そして意外なキャラクターのモデルと思しき人物も登場。なるほど彼をモデルにするわなーという人物でもあります。今回のタイトルはカーターとその人物の会話からの抜粋。

さらに「アイアンマン2」に絡む人物まで登場というのがまた。

個人的には40年代後半~50年代頭にかけての風俗や小道具、セットなどの豪華さはやっぱりアメリカだなあと思います。日本ではまず同じ時代の小道具をそろえるだけで大変でしょう。

「自動送受信型タイプライター」やら「腕時計型金庫解錠装置」などのスパイガジェットも盛りだくさんで見ていて楽しいです。

2月にはレンタルが開始されますかねえ。それともBlu-rayを買ってしまおうかしら。

龍炎狼牙さんの新刊が出てます

物事を初めて10年はどんな形であれ人は成長するものですが、20年を越えてもなお成長するにはどれだけの修練を積み、心配りをし、自分自身を客観視し、その上で正しい方向を決めて動けるか、ということになります。

10年を越えてくると「努力する才能」というのも必要になるということでしょうか。

人はいずれ年老いていきますし、新鮮な驚きもやがては慣れていきます。

最前線に立っている人たちというのはそこを越えてなお、気を抜かずに(そしてごく当たり前のように)努力を続けるという能力を持った人たちです。

そんな人たちの中で幸運にも一番最初に我々が出会い、以後も長くお付き合いさせてもらっているのが龍炎狼牙さんです。

デビュー作「とらぶるEVOCATION」は当初こそお気楽な「押しかけ女房コメディ」で始まりましたが、最後の辺りではシリアスな展開やこの手の作品では「その他大勢」にしか過ぎない脇キャラにもスポットを当てる展開を見せて「おお!」と読者を唸らせ、次いで始まった「魔討奇譚・斬奸ZANKAN!」は超伝奇世界における群像劇を、堂々と4年の長さをかけて描ききりました(ささやかながら中笈木六もノベライズ版を書かせてもらい、その世界の手助けをさせていただいたのは光栄でした)。

その後も「魂の鎖」では「墜ちていく魂とその救済」を描き、「アルケミラの滴」ではほのぼのとしたファンタジー世界の中の人間関係の変化を描き、「ムクロヒメ」では「自死を望むほどの孤独な魂の救済」を描いていきました。

神野オキナにも「うらにわのかみさま」「星魔の砦」という二作品で挿絵を提供してもらいました。
そして「にょたいかっ!」ではそれまでの「若者」の世界にくわえ「大人」の社会と心のあり方を描くというステップアップをしてみせて、読者として「うわ、この人、何処まで行くんだろう?」と感動したのを覚えています。

龍炎さんの作品内の視点はいつも優しいですが、単純に甘ったるい優しさではなく、そうではない冷たい影や、優しさにたどり着けない人々の葛藤や断絶も描いています。

で、その同人誌活動におけるオリジナル最新作が「騎士団長、陥落ス」の2巻です。

王女を守る為に精悍無比な騎士団長が性転換魔法で王女そっくりの姿になって……というTS物の一種、典型とでも言うべき「これが……俺(僕)?}で始まる話ながら、1巻では友情と恋の板挟みとすれ違いなどをしっかり描き、2巻では「嬉し恥ずかしビキニアーマー装着」という鉄板ネタを中心にしながらも、「代用品を通しての恋慕」をしっかり描いていて、読み応えがあります。
ちょっとした小さなコマや、キャラの仕草に色々と「読み取れる」ものが一杯あるので、読み返すたび新しい発見がある、龍炎作品ならではの楽しみ方も健在です。

今商業連載がないのは残念ですが、いずれまたこれほどの人が呼ばれぬわけはないので、期待しつつ、まずは声援代わりに売り上げに貢献しましょう、というわけでして…………(笑)

とらのあな

DLSite.com

DMM.com

 

本当に映画化できるのかしら?

去年、アメリカのSF小説界隈で話題になった事件と言えば「ゲームウォーズ」の映画が正式に決定した、ということでしょうか。

最初に日本に紹介された作品イメージがこれです。

CIA☆こちら映画中央情報局「ゲームウォーズ映画化!」

機龍とガンダムが戦い、ミネルヴァXと勇者ライディーンが援護しようとしていて、倒れ込んでいるレオパルドンの上を飛翔する青年の姿は「ウルトラマン」の科学特捜隊を彷彿とさせるカラーリングのスキンタイトなスーツ……。

正直よくある「日本でも良くある、サブカルなひとたちがアニメを適当にアイコンとして食い散らかしたいけすかない作品なのかしら」というのが第一印象でした。

で、とりあえず物は試し、ということで購入してみたんですが……。

この作品、ガチでした。ガンダムにRXー78以外の機体があるコトも、劇中登場するのが2号機だと言うことも、ミネルヴァXが自らの意志を持って動くロボットだということも、レオパルドンがマーベラー形態から変形することも、この作者は全て知った上で、80年代を愛して止まない心が溢れてくるような作品でした(ガンダムや他の日本作品の中には70年代のものもありますがアメリカには80年代にその多くが輸入されているので、彼らにとっては80年代の作品なのです!)。

お話は典型的な「ホワイト・トラッシュ」の少年の日常から始まります。

今のアメリカでも貧困者は固定資産税と市県民税を支払わずに住むようにキャンピングカーで生活する人たちがいますが、それがさらに巨大化、深刻化して上下左右に溶接でキャンピングカーを繋いで、今は無きクーロン城のようになった、というような場所で、両親もおらず、身持ちの悪い叔母の家で汚れたイヌのように扱われているのが主人公。

ただし彼には夢があります。現実の世界で言う所のジョブスとビル・ゲイツを足してハワード・ヒューズをかけたような大富豪が、今や日常の一部になった仮想現実世界「オアシス」の中に彼の遺産の全てを隠したと遺言を残し、それを手に人生一発逆転を狙う、という夢が。

その大富豪。ジェームス・ハリデーは80年代オタクで、彼の遺産を狙う者は彼の残したヒント…………自叙伝から好きな物リスト、インタビュー画像に至るまで……をチェックして何とか推理して彼の残した遺産を手に入れようとします(つまり大富豪の遺産を追うためには80年代オタクになるしかない!)が、彼の構築したネット世界は広大で、そしてそこは「課金制」の部分が殆ど。PCを起動させるのにも自転車を使った自家発電で電力を供給するしか無い主人公にとってそれは余りにも無謀な試みでした。

ですが、彼はふと気づきます。

「実はこのオアシスの基本となる無課金空間に最初の「鍵」があるのではないか」と……そこから始まるのは冒険であると同時に、プア・トラッシュの世界から抜け出る少年の出世物語でアリ、友情物語であり、ボーイ・ミーツ・ガールの物語でもあります。

脇を固めるのは主人公・パーシヴァルをしばしば出し抜く実力と計略の持ち主の少女、陽気で優しく、いつでも主人公の味方になってくれる黒人少年、そして色々な紆余曲折があって彼らに協力する日本人の兄弟。

中でも大富豪ハリデーの唯一の親友にして理解者の老人が素晴らしい。ジョブスにとってのウォズアニックであり、「ジェラシック・パークの」R・アッテンボローであり、「指輪物語」のガンダルフのようなこの人物の、物語の中に挿入されるささやかな「冒険」は主人公たちとは違った意味でのはらはらドキドキと爽快感があります。

ところがこの『宝探し」は今や世界に必要な一部となった「オアシス」を我が物にせんと目論む多国籍企業も介入していて…………と来るから自体は素直に行かず、また手に汗握る展開も出てきます。

その中でこの世界にとって「オアシス」が如何に重要か、世界がどれほど荒廃しているか、価値観が変わっているかがしっかり描写されていくのが素晴らしい。

クライマックスは80年代VS90年代という激突。取り合わせと戦い方に、私みたいな古いオタクは涙が出そうになります。

最後にカタを付けるのが「銀色の巨人」というところがまた。

映画化されるのは嬉しいのですが、本当に幾つもの80年代作品、歌やテレビ番組は言うに及ばず、「ウォー・ゲーム」から「モンティ・パイソン・ホーリー&グレイル」、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」はもちろんのことエヴァンゲリオンから「東映版」の「スパイダーマッ!」まで…………の権利をクリアするのがむずかしいかも知れませんがそこは各社、融通を利かせて欲しいものですねー。

 

ちとお堅い話

たまにはこういうお堅いお話を。
去年「総務省が出した資料が面白いよ」と友人にいわれ、その資料を見ながら、「これからの出版業界がどう変わるか」と「あなたたち作家はこれからどっちに行くか、出版社の出方の予想も含め、そろそろ決めた方がいい」ということで「私が」置かれるかもしれない様々な状況を想定したシミュレートというか思考実験をしたことがあります。

問題はこの資料、あまりにも言ってる事が詳細で明確すぎて「本当に? これ国が作ったの? 本当は資料のもとになったデータ収集、適当なんじゃね? あるいは君が作ったんじゃ?」と納得出来ずに疑うほどでして。

「第一、どうしてこの資料を使う会議でクールジャパンなんて変なものが決まるのよ? どう見てもこの資料が指し示してるこれからの方向性とは真逆じゃん」

という不可思議さもありました。

ともあれ、何故クールジャパンがこの資料をもってして決まったのかは謎ですが、あまりこの手の資料を読み解く頭の回転のよろしくない私は、その友人の解説とその内容を保障する資料の照会などでようやく理解納得したという有様でした。
ちなみに総務省のその資料は無料でダウンロードして閲覧が可能です。

で、それをようやく判りやすく「翻訳」する人が出てきたと言うことでしょうか。
活字離れ資料 (←こちらをクリックしてくれれば飛びます)

これに近年、森博嗣先生が出された「作家の収入」という本(90年代末までの一般小説を書いている人たちがどのような仕組みで、どれだけの部数を売ることでどういう地位を獲得し、獲得したか、現状はどういう収入の動きがあるのか、等々が具体的な数字をもって書かれています)を併読すると、これまでの出版業界と、これからやってくる「大きな波」や冒頭の友人とともにやった「思考実験」がどういう類いのものかが見えてくると思います。

(リンク先はKindle版)

作家になりたい、と思っていらっしゃる方は、作品を書きためるのは第一ですが同時に「作家になって本を出した後どうするか(専業、兼業からあくまでも趣味に徹する、○冊出したら止めるまで)」をきちんと決めるためにもこの三冊に目を通し、色々考えておくことをお薦めします。

個人的にはかなり大変な時代になると思いますが、同時にそこを乗り切れば、という思いもあり、色々です……私自身もまだ確定した答えは出ていませんし、そこは作家が考えることではない、というご意見もあるかと思いますが、我々は最終的には自営業なので、読者の方の望むことと同時に、業界で何が起こっているかは把握しないと危ないと思っています。

フィジカルな○気と疾走感

守矢ギアさんの漫画にはフィジカルな狂気と疾走感があります。
この名義での初単行本「フタナリスト」におけるキャラクターのイカレ具合と、作品世界をヒロインたちが全力疾走しつつ、目に付く者を片っ端から金属バットで殴りまくってぶっ壊すようなスピード感のある話運びと、さくっとした狂気(に近い論理飛躍やキャラクターの思考回路)は、他には滅多に無い持ち味です。

ご本人はまっとうな常識人でシャイな所もあるナイスガイなのですが、時折見せる鋭い部分を判りやすく他人に通訳するとこういう形になるのでしょう。

で、2作目「姉憑き」が今度発売になります。

こちらは天才引きこもり科学者の姉が、弟好きさの余り弟の恋人(になりそうな相手)に憑依して肉体関係を持って自分は満足、弟は女嫌いにして自分から離れられないようにする、という一石二鳥を狙うけれども……というイカレた話ですが、単に勢いだけではなく、最終回では単なる勢いだけの作品では無いという証明がされて終わるあたりが、ちゃんと「漫画」として読ませるように手を抜かない守矢さんの真面目さなのだと思います。

成年漫画で明るくてどこかイカレてて、ちょっと笑えるものがお好きなら是非

恰好イイ爺さんの小説はいかが?

バルーク(バック)・シャッツ。元テネシー州・メンフィスの刑事。
かつて第二次大戦に従軍し、ノルマンディーの地獄をくぐり抜け、帰国して古き良き、と言えば聞こえはいいが、警官が暴力を振るうのは当たり前の時代を357マグナム片手に生きた男。
「違う、ダーティ・ハリーのモデルは俺じゃない、ドン・シーゲルから一度だけ電話があった、それだけだ」
そんな男も刑事を引退して87才になった。
寡黙で、頑固で、時に強面なのは変わらないが、最後の部分はあまり出さない。
息子は不幸な事件によって失ったが、その意志を継いだ弁護士志望の孫が居る。
ハイテクはしらない、判らない。そういうのは若いのの仕事だと割り切っている。
怖い物無しの頑固者で皮肉屋、唯一素直に従わざるを得ないのは軍隊時代に惚れ抜いて結婚した妻だけ。

そんな男の元に、かつての軍隊時代の仲間から「頼むから告白を聞いてくれ」という話が舞い込んでくる。

仲間だったがクズ野郎で、大嫌いだが愛妻の言葉に逆らえず、バック・シャッツは病院に向かう。

すでに息も絶え絶えの元戦友は、「お前に告白したいんだ、『奴』はまだ生きている」と告げた。

第二次世界大戦、捕虜になったバックをさんざんいたぶり、意識不明になるほどの重傷を負わせた捕虜収容所の所長で親衛隊員の男が、今もどこかに生きている。

かつてヨーロッパの果てまでそいつを追いかけたこともあったが、80才を終えようとしている今、そんなことに何の意味がある? 毒づいたシャッツだったが、そのナチの所長は死んだとされた日付の後、「車のサスペンションが沈み込むほど」の金塊を持って逃げたはずだと元戦友は告げた……

という導入で始まるのがダニエル・フリードマンのバック・シャッツシリーズ1作目『もう年はとれない』(創元推理文庫)。

単なる「ジジィだけどスーパーマン」ではなく、肉体はボロボロ、記憶もあやふやになってくるのでアルツハイマーに怯え、でも反骨精神と人生経験から来る怜悧な頭脳は失っていないし、残り少ないと判っていながら「今後」のことに不安を抱え、欲ではなく「必要だから」金を欲する部分もある。でも卑屈には「なれない」。

翻訳の人が後書きで書くとおり「グラン・トリノ」のイーストウッドに「ダーティ・ハリー」の頃の乾いたユーモアを増量したような感じ、と言えば一番判りやすいでしょうか。
「どうして人は私に秘密を打ち上げたがるのだろう、私はそんなものにかかわりたくないというのに」
とひとりごちながら、ラッキーストライクをくわえ、すっかり重すぎると感じながらも愛用の357マグナムをショルダーホルスターに吊して「自分の中にある厄介ごとの影」を払いのけるために再び動き出すのがこの1作目。
そして黒人の民権運動が激化した50年代末、逮捕の瞬間まで追い詰めながら「ある事情」で見逃すしかなかった「プロ」の強盗が再び現れ「俺は48時間以内に死ぬ、復讐してくれ」と言い出します。
「どうやら、知りあいという知りあいはみんな、私をわずらわせずには死ねないらしい」
という幕開けなのが2作目「もう過去はいらない」


関わりたくない、というシャッツに対して「食えない性分は歳をとったからと言って衰えたりはしないよ、こりかたまって、もっと過激になるだけだ、そしておれには食えない味方が必要なんだ」と総入れ歯で笑いかける75才の「怪盗」イライジャがまた魅力的。アウシュビッツ以上の地獄から帰ってきたこの人物もシャッツ以上に「食えない」人物で、物語は過去(50年代)と現在(09年)を行き来しながら何があって、何が起こりつつあるのか、という謎解きをしていきます。
2作目ではシャッツの息子に何があったのか、シャッツの人生観に最も強い影響を与えた父母はどういう人物だったのかを明らかにしつつ、孫のテキーラとの掛け合いが増量されていて、また楽しいです。
どうも映画化も決まっているらしいですが、誰がバックを演じるのか楽しみです。
まさかイーストッドではないと思いますが……。

「 駄能力JK成毛川さん」が正式タイトルです

年明け早々ですし、楽しいweb漫画の話から始めましょう。

これもまた前回紹介した「宇宙戦艦ティラミス」を教えてくれた人からですが、

やわらかスピリッツというサイトで連載されていた「駄能力JK成毛川さん」です。
「駄能力JK成毛川さん」というのでてっきりヘッポコエスパーものだと思っていたら、主人公の成毛川さんの正体はクラスメイトの里中君と一緒に勉強会をしていてドキドキしている女の子ではなく、「ちんげちらし」という人間の陰毛を部屋のあちこちに散らすのが仕事という妖怪でした、と最初の1ページで説明されるという……こらまて(笑)
とはいえ成毛川さんは別に人外の正体があるわけではないらしいので、外見だけで言えば「無駄な能力を持ったJK」なのでタイトルに偽りはギリでない、ということになりますけれどもね(笑)

上手いのはエスパーなら人類の一種ですが、妖怪変化は明らかに人間ではないため、彼女自身は里中君との将来はきっぱり諦めていて、「だからこそ妖怪として彼の陰毛を!」という妖怪ならではの行動原理で動く、動くとドジッ子なので里中君にはラッキースケベの塊になる……だけではなくて、妖怪としての日常やらなにやらもあるというのが楽しいです。

やわらかスピリッツ「駄能力JK成毛川さん」

現在サイトには1~3話と最新6話、そして短篇が三本読めるようになっています。

2月に単行本が出て、売れ行きが良ければ続きが連載されるそうなので、よろしければ是非!

 

 

年末と言えば(昭和生まれ限定)

昭和の30年代から50年代生まれなら判っていただけるかも知れませんが、年末には「定番映画」というものがありました。

特撮関係で言えば「他の特別番組の枠」を調整するためにむちゃくちゃな時間でカットされたゴジラ映画、そして「超大作の名作映画」でした。

代表的な物として私らが小学生の頃に定番だったのが「アラビアのロレンス」と「大脱走」と「タワーリングインフェルノ」。

前者はまごうことなきD・リーン監督の歴史大作映画、後者2本はまたそれに「オールスターキャスト」が付く豪華大作で、コタツにあたりながら、あるいは親戚縁者が集まる縁戚の中ぽけっと見ていたものです。

「大脱走」と「アラビアのロレンス」「タワーリングインフェルノ」は長い上映時間もあって2週、あるいは2日にわたる「前後編」放送で、また声優さんも当時の俳優に合わせた固定枠、聞いているだけでも耳の正月、という感じでした。

「大脱走」はこれまで長くカット版の吹き替え版しかなく、フジで放送された「前後編」時の全長版が望まれてましたが、数年前にようやくその音源が見つかって、現在あるBlu-rayはこのバージョンです。

とはいえ、今の人たちから観ると、殆ど知らない俳優さんばかり(この中で未だに存命なのは今はNCISのダッキー、当時はイリヤ・クリヤキンとして有名だったデヴィッド・マッカラムぐらいでしょう)そして、捕虜収容所の中ですから当然ですが、見事なまでに女っ気のない映画でもあります。

ですがS・マックイーンがひとり二役で演じたオートバイチェイスの場面ばかりではなく、そこに至るまでがまた面白いのです。

まるで水滸伝のように、各収容所から集められてきた「脱走の職人」たちが力を合わせて史上類を見ない大量脱走を行う、というソリッド極まりないお話だからこそ、各キャラクターたちの書き込みが出来るという、無駄のない作品で、長編を書くにあたって非常に参考になります。

実はトンネルが怖いトンネル掘りの名人、視力を失っていく生真面目でバードウォッチングが趣味の偽造書類の達人と、口八丁手八丁でどんな品物でも手に入れる調子のいい物資調達の達人の友情、冷静沈着だが冷徹になりきれないリーダーたち、そして名前も出てこない脇役たち。
見事なのはひとりも「マヌケ」に見えない事。「お人好し」は居ても物語の都合に合わせた間に合わせの人物はいない、ということでしょうか。
収容所の所長は空軍の人間なので「脱走兵なんか殺してしまえ」とうそぶくSSに対して「彼らは空軍の管轄だ!口出しをしないでいただこう!」と激怒し、つとめて紳士的に接してくるし、下っ端のドイツ人の兵士でさえ、元はボーイスカウトで、21個目の記章がもらえる前にヒトラーがボーイスカウトを廃止してヒトラーユーゲントに編入された、と暗い顔をし、ふとしたことを不審に思って脱走トンネルのひとつを見つけたりもするわけで。

脱走したあとの緊迫感溢れる展開も素晴らしいです。
中でも「初歩的だぞ」と指摘されたことで…………というあたりの皮肉や、それぞれの脱走者の結末があって、ラスト、冒頭と同様に独房に放り込まれ、不敵に笑いながら壁にボールを投げ始めるS・マックィーンはひとりでこの映画をかっさらう格好良さでした。

個人的に好きなのは密造酒を作ってアメリカ独立記念日を祝う場面。
密造酒のヒドイ酒でも喜ぶぐらい兵隊が酒に飢えてるコトだけではなく、それぞれのキャラクターらしい反応や会話、そしてこの場面が実は起承転結の「転」に繋がっていくところとか、まあ、凄いというしかないです。

そしてイギリス軍の「地獄耳(インテリジェンス)」と呼ばれる大尉が後にイギリスのテレビドラマ「特捜班CI5」で鬼のコーレイ部長を演じるゴードン・ジャクソンというのは今から振り返ると不思議な因縁ですね。

アイルランド人らしく前出のヒドイ密造酒でも「いや以外といけますよこれ」と答えて他の首脳陣を呆れさせていたのも楽しい。

そして「強くてタフで無表情」イメージのC・ブロンソンが珍しく「実は弱い男」を演じております。

今の「ワンカット7秒」の映画に慣れた人には退屈に見えるかも知れませんが、酒のツマミのようにちょいちょいと観ていくと味わいがだんだん判ってくる作品だと思いますよ。

年末に速水螺旋人はいかが?

速水螺旋人という漫画家さんは不思議な人です。

地元でずっとお世話になっている先輩から「こういう面白い作品世界を描き続けている人がいるよ」と言われて同人誌を持ってこられたのはかれこれ10年ぐらい前。
その時点でもう今の速水螺旋人さんでした。

自分の世界観が確固として存在するタイプの物作りをする人というのは10年ぐらいでがらりと変わる(次の世界を作り始める等)か、自分自身の世界観から絶対に出ないで戦い続けるか、という二択をする人が多い印象なのですが、速水さんはそれから緩やかに「別の世界」と「いつもの速水螺旋人」の世界を区分けするのでは無く、二重に重ねて描いて、少しずつ領土(活躍範囲)を広げていきました。

後にふとしたご縁でご本人にお会いすることになりましたが、これがまたご本人の漫画からひょいと抜け出てきたような飄々とした楽しい方で。

ただ、キャンプフォスターの海兵隊主催のコミコンでソ連国旗を広げて同人誌を売るあたり、やっぱり描く漫画のように一筋縄ではいかない人です(笑)
作品の中でも単に楽しい、面白い、勇ましい話だけではなく、さりげなく差別や戦争の起こす人心の腐敗や「人のどうしようもない部分」などを描いてますし。

今のところの一般的な代表作はやはり「大砲とスタンプ」でしょう。

兵站という、「直接戦闘をしてはいけない」という地味で目立たないながら、実際にはとても重要な部署を、気負いもてらいも外連味もなく、淡々と描いていて、美味しい日本酒のようにつるつると読んでいけるのはサスガの手腕です。


「大砲とスタンプ」は連作短篇、という風情ですが、読み切りで淡々と、ひたすらダジャレのようなギャグを連ねた実験作が「スパイの歩き方」


往年のあずまひでおの様な不条理レベルのギャグを淡々と並べていって「ちょうど時間となりました」とばかりにひょい、と終わるような連作型、しかし、どこか品があって、あずまひでおよりも遥かに洗練された空気がまた速水螺旋人というべきでしょうか。

で、「大砲とスタンプ」番外編のような「しんどい戦争の間をちょこまか生き抜く人々」を描いている「代書屋レオフリク」と宇宙時代の脅威を人三化七(にんさんばけしち)どころか、本当に妖怪変化の力まで借りて生き抜く世界を描いた、人を食ったような微笑ましい短篇「ラクーンドック・フリート」が入っている楽しい幕の内弁当みたいな短編集がこちら。


年末年始、ほけっとした時にコタツにあたりながら読むには最適な「美味しい水のような日本酒」としていかがでしょう?

あと、ついでによろしければうちのほうで戦争を扱ってるこの作品のコミカライズ版もどうぞよろしくお願いします-。