もう四〇年近く昔になりますが

母親の命日になります。三十回忌はとっくに越え来年で四十年になります。
母はうちの親族の中では父方の大叔父以上に「あと十年生きてたら、自分の人生も一族の人たちの風景も大分変わってただろう」という人。
34で逝っちゃったので、心残りはいくばかりかと思う半面、老いることのない不思議さと死んだことで「あの人さえ生きていれば」とあちこちの親戚から言われる不思議さを改めて感じる日でもあります。
子供の頃の印象としてはやたら役割を細かく切った「ごっこ遊び」が好きだった、ということと、「もう小学三年生になったんだから」と玩具を取り上げられたこと、アニメ、特撮番組から遠ざけようとしたこと。
どれもこれも、今になってみれば、自分の余命の短さを感じ、「片親だから(※当時は今よりも強く、親を失った子供がグレるのは当たり前、という風潮がありました)」と言われないように「早く大人にする」ことを目指していた親心なんでしょう。
ともあれ二月二十六日、226で亡くなるとは。
随分と憶えやすい日に亡くなったなあと、ようやく感情の納まった三回忌の時に、226事件を知った私は、父と笑い合ったものですが、その父も今やこの世にはおらず、祖母と母と一緒に今年、永代供養となりました。
私は、母がいたので作家になったようなものですが、この人が平均寿命を長らえていたらさて、私は今の神野オキナだったかどうかは分かりません。
手堅い人生を望んだかもしれませんし、若き日にアナウンサーを目指したこともある冒険心から応援してくれたかも知れません。
少なくとも父は数年間の闘病生活の末、母が亡くなったことで何かがぽっきり折れてしまいましたし、物心ついてからの一家の苦労の大半はそこから始まっているので…まあ、これも歴史のIFでしょうか。