閉眼供養をしてきました

色々思う所ありまして、祖母と母と父の位牌を閉眼供養して仏壇ともども処分することにしました。
もうすぐ50だし、これからどうなるか判りませんし。
唯一残った兄弟に相談したところ、もう自分はよその家の人間なので、こっちで決めて構わない、ということなので。
たかが木の塊、と普段は笑うのですが、やはり処分するとなると何らかの宗教とかの力に頼りたくなるのは我ながらどうしようもない話だなあと思いつつも、これでひとつ、荷を下ろした気分です。
人の手で焼かれるのはちょっと違う気がしたので、位牌は自分で軍用のマチェットとノコギリを使って分解しましたが、作って十数年経過しているのに、漆が壊れたところから未だに濃厚な白木の香が立ち上り、驚きました。
ともあれ盆暮れ正月、これでもう何もやらないで良いことになりました。
これは祖先崇拝の強い沖縄ではかなり大きなことでして。
遺骨も二年以内には永代供養にして、自分が死んだ後はこの手の迷惑が親戚やら知り合いやらにかからないような手配りがこれで出来ます。
どこかの漫画で「博打打ちは神に祈らないほうがいい」という意味の話を読んだ翌日に、というのも不思議な巡り合わせだよなと思います。
もっとも遺影や遺品は別に残し、ことあるごとに視界に入る場所に置くことになるとは思いますが。