数十年前

ひさびさに、今から40数年前に住んでいた家を見てきました。

ここへ引っ越してきた時、母は雑貨屋を始め、病に倒れるまで3年ほど営業してました。「安物の10円お菓子は置かない」とかのポリシーがある当時にしては変な店だったと思います。借りていたのは一階でしかも向かって右半分は板戸一枚隔てただけで、開けるとよその家という状態ですから随分とおおらかな時代だったというか‥‥大雑把といいますか。

のちに右半分はキャバレーになり、そこの経営者一家が二階に住むようになりまして、息子さんとは仲良くしてた覚えがあります。おっとりした子で、当時放送されて大人気だった「コン・バトラーV」のバラ売り超合金を持ち寄って合体させたり(私は潜水メカが好きだったのでバトルマリンを持ってました)、豪華なステレオセットで初めて「老人と子供のポルカ」を聞いて薄気味悪くて、でも奇妙におかしな曲と左卜全の歌声が印象に残ってたり。

うちの親はキャバレーがとなりにあるのはいい顔をせず、また住居としては致命的なことに日の光が一切差さない家だったので(今思うに洗濯物とかどうしてたんだろう?)、のちにアパートに引っ越して以後日当たりに父が妙にこだわるようになりました。

私の子供時代一番幸せだったのは、この前に暮らしていた安謝大橋のたもとでしょうが、ここでは幼稚園時代を過ごし、母がちょっと太っていて、でも元気に走りまわっているのを見た最後の時期の土地でした。
また、オモチャを当然のように買って貰えた時代を過ごしたところです。

その後の話は、またいずれ。