工房いちか、2018年夏

終電を送り出した首里駅で、モノレールを降りた小さな影がゴロゴロと、身長と同じぐらい大きな旅行鞄を引きずって大嶺方向に首里の坂道を上る。
「沖縄のほうが東京より涼しいって、詐欺だよねえ」
しみじみと言いながら、猫耳尻尾付きの仙人、いちかはハンチング帽を被り直した。
「……オマケに当日台風直撃ってなによ? 東京と沖縄がひっくりかえってるっての……まあ、それでもギリ在庫が全部捌けてくれたから良かったー」
珍しくブツブツと言いながら歩く。
沖縄は数時間前に突然の土砂降りが続き晴れ上がった夜空の低いところを月がのんびり浮いている。
「……しかし、そろそろ旧盆かぁ。えーと25日からだっけ? 今年も旅士っち帰ってこないからあたしが仏壇担当なのよねえ……仙人なんだけどなあ」
途中、いちかはコンビニに入って昨今流行りのストロングなアルコール飲料を購入した。
「いやー、地元はいちいち身分証出さなくていいから楽だねー」
そんなことが口から出る。
「ありがとうございます」
の声を背に受けて、いちかはのんびり歩きながら最初の一本を開けた。
「久々に……疾(ジェイ)!」
ストロングな飲み物を片手に、空いた手の指を一本立ててひゅん、と振ると、彼女の引きずっていたキャスター付きの旅行鞄はぱっと輝き、コロコロと勝手に動き始めた。
「いやー、あたしって天才!」
そう言ってひょいと鞄の上に飛び乗ると、いちかは細い脚を組んで月を見上げつつアルコールをちびちびと干していく。
のんびりした速度で、鞄は人も車も絶えた首里の道を上っていく。
「いー月だぁねえ……あ、そうだスマホスマホ、メールチェックしなくちゃ」
慌てていちかはオールオーバーの胸ポケットからスマートフォンを取りだして操作した。
「うあ、結構来てるなー、ご新規の人からも感想メールが来てる……」
そう呟いて、いちかは嬉しそうに目を細めた。
「有り難いねえ……ありがたい、ありがたい」
ひょいと月を見上げる。
「さて、工房いちか、明日っからまた頑張るとしますかねえ」
そう言って、いちかはくいっと手にしたストロングなテイストのアルコール飲料をくいっと飲んだ。
「そういえば、騎央君とエリスたち、どうしてるかねえ……」
しみじみと、いちかは勝手に移動していく旅行鞄の上、明るく輝く月に向かって問いかけたが、答えが返ってくるはずもない。