追悼・加藤剛

数日前、俳優の加藤剛さんが6月18日に亡くなっていたことが発表されました。
私たちの世代(1970年代)生まれの人間にとって加藤剛といえばやっぱり「大岡越前」でしょう。
「清廉潔白」という言葉に着物を着せて丁髷を乗っけて刀を差したような、どこから見ても歴史に名高い「名奉行」かつ「正義の人」でした。
日本版グレゴリー・ペックのようなところが役柄にもご本人にもあったというのは色々な所で報じられている所でしょう。
現代劇でも時代劇でもその辺は変わらず、逆に数少ない犯罪者役だったりする場合はそのイメージでもって「何かがある」と見る側に思わせる力がありました。
それを上手く使ったのが映画「砂の器」でしょう。
ただ、個人的には「大岡越前」以外で加藤剛という俳優の役で印象に残っているのは「剣客商売」の秋山大次郞とTBS開局記念番組の「関ヶ原」での石田三成でした。
「剣客商売」は後に何度か映像化されて、藤田まこと版をよく覚えていらっしゃる方が今は多いと思います(まさか北大路欣也が最新版で演じるとは思いも寄りませんでしたが)。
中学校の頃初めて「剣客商売」を何の予備知識もなく読んだ時「大次郞は映像化したら若い頃の加藤剛みたいなんだろうな」とボンヤリ思っていたら実際その通りだったんで驚いた覚えがあります。
さて、主役である秋山小兵衛はともかく、大次郞というキャラクターは最初の加藤剛以後、何度も変更となりました。
これはもう最初に演じた加藤剛が、原作から抜け出てきたように「明朗快活な朴念仁」キャラをイヤミも無理もなく、見事に演じきっていた……というより原作の池波正太郎が、中村又五郎の小兵衛と同時に、大次郞を加藤剛を念頭に置いて執筆していたのかも知れないと思うのですが。

実際、「剣客商売」の最初のテレビ化は大次郞が旅に出て終わってしまいますが、実は加藤剛が「大岡越前」を演じるためにやむなく中断したものの、「大岡越前」が終わればすぐに再開する予定があったんだそうで。
結局「大岡越前」は大ヒット、ロングランとなり、やむなく番組の続編は泡と消えました。なお放送当時は小兵衛にしては大きすぎる、と評判が悪かった山縣勲の小兵衛はなかなかに「凄絶な過去を持つ剣豪でありながら、今はユーモアと冷徹さと人情味のご隠居さん」という小兵衛の難しい所を飄々と演じてて、これまたハマり役であったと思います。
その後、80年代に入り、小兵衛のモデルであると原作者が公表していた中村又五郎がそのまんま小兵衛を演じた時代劇スペシャル版(フジTVが時代劇復活を掲げて作った二時間枠の時代劇番組)における「剣客商売」2作においても加藤剛が大次郞を演じておりまして「原作者の理想」ってこういうのなんだろうなと思いましたが、残念ながら70年代版と並びこの作品もソフト化されておりません。

そしてもう一本が「関ヶ原」。

東映松竹系時代劇俳優以外の、時代劇の出来る俳優をありったけかき集めて全3回に分けて作られたTBS史上、最初で最後の大予算の時代劇テレフィーチャーにおいて、加藤剛は西軍の将、石田三成を演じておりました。

司馬遼太郎の原作はそれまで、迂闊で小賢しい官僚、あるいは淀姫の愛人として描かれてきた「汚れ役」石田三成を、徹底した「道理と義の人」として描き、そこに加藤剛という役者がはめ込まれることで、作品はほぼ作る前から完成していたといえるかもしれません。

正に「古狸」の森繁久彌の家康、真っ黒な演技が出来る時代の三國連太郎の本多正信(史料にあるとおり『他人から聞けば禅問答』と呼ばれた会話まで再現!)を筆頭とする東軍側に対して、西軍は島左近に三船敏郎、盟友の片方、直江兼続に細川俊之、そして命まで賭けたもうひとりの盟友、大谷刑部に高橋幸治……筆頭に並ぶ人たちだけでまあ物凄い。
特に業病の末期で、失明していても状況を冷静に判断し「お主、儂より目が見えぬか、この戦勝てるわけがない」と一度は参戦を断った大谷刑部が、琵琶湖のほとりでかつての茶会での出来事を思い出して引き返し、
「儂もお主ももう目が見えぬ、この命くれてやるわ!」
と言い切って手を握り、参戦を表明する場面は、正に相手が加藤剛の三成だからこそ説得力のある「絵」でした。(同じ回には東軍には家康と幼い頃からの側近、鳥居彦右衛門との別れの場面があってこれもまた老いた主君と家臣という枠を越えたいい場面で、しかもこの回のタイトルは「さらば友よ」というのがまた! 原作の司馬遼太郎と、脚本の早坂暁の凄さでしょうか)
そして華々しい合戦のあとの堂々とした三成の処刑と、その後に続く陰惨な戦後処理の果て、後の己と、己の家の運命を薄々感じ取ったかのように疲れ果てた本多正信が三成の墓を詣で、裏切った小早川秀秋が狂死するほど自己嫌悪するのも当然というか…

晩年は正義の人ながら腹に一物ある高級官僚を演じたり、現代劇におけるもうひとりの「正義の人」宇津井健と並んで、まだまだご活躍なさっていただきたかったですね。

(※文中一部敬称略)