永六輔という人(後編)

永六輔氏と言えば晩年、パーキンソン病を患い、あの独特な口舌も残念ながら衰えてしまいましたが、頭の切れは変わらず、あの伊集院光氏をもって「永さんはラジオの神様だからあれでいい」と言わしめていたわけですが、それが嘘のように消えた十数分間を私は覚えています。
NHKが創立60周年を記念して作った「テレビのチカラ」という番組です。
そこで永六輔氏と対談したのはあのおニャン子クラブやAKB48のプロデューサー、秋本康氏。
この時の永六輔氏は言葉もはっきりしており、テレビの歴史と自分の歴史を重ね合わせながら、今のテレビのありようとこれからについての意見を述べているわけですが、私にはその言葉の選び方、話題の出し方が、秋本康という今のテレビ業界、とくに芸能における最大にして最も若い(!)大物に対する遠回しな「遺言」いえ、「太い釘」を刺しているように見えてなりませんでした。
同時に言葉を紡ぎながらこの相手には無駄だろうと自覚しているようにも。
Twitterで本職のお医者様からのご指摘もありましたが、パーキンソン病の症状のひとつに表情筋が動かなくなることから皺がなくなるほど顔がつるんと無表情にになる、というものがあります。つまり我々が普段無意識にしてしまう、人を睨んだり微笑んだりする動作が難しくなる、ということです。
だからそう感じたのは私の先入観、妄想かも知れません。
ただ、永六輔という人は常に大人の、そして晩年は老人としての責任を全うしつづけた人でした。
大人であるころは間違っていると思う事には声を上げ、非難されながらも走りまわり、老人となってはこれに加え、「昔からあるよいものは守らねばならない」「物事は変わるからといって流されるがままにしてはいけない」ということを何かにつけて警告し、時には叱るということが必要だという考えに沿って行動していました。
これもまたそういう一幕……それも映像における永六輔というキャラクターの、最後の一幕だったのではないか。
そう思えてならないのです。

そしてそれを受けた人物が、あらゆる意味で自分がプロデュースしているアイドルグループに関わる事件が起こり、責任を取るべき時、問われるときにそこから逃げ続けている人である、という事実に、世の中というモノの皮肉を感じずにはいられません。