布教と強制とお薦めのお話

私は自他共に認めるデブなだけにスポーツが嫌いです。
一応今もウォーキングをなるべく日課にしてたりはしますが、歩くこととか一人でやる運動に関してはあまり好き嫌いと言うほどではないです。
ただ本格的なスポーツ、特に団体競技というのは苦手で、また「自分の速度で」出来ない走るスポーツも苦手です。

そもそも70年代生まれの世代において、「プロ野球」は好きなアニメ番組を潰す最大の敵でした。どちらも今では信じられませんが夜7時から10時ぐらいまでのゴールデンタイムを使って放送されていましたから。
裏番組がプロ野球のナイター(と当時ナイトゲームを呼んでいました)が始まると、野球好きの父親を持っていれば、しかも父親が家にいれば強制的にアニメは消えます。
「来週もアニメはやってるだろう」という父親の言葉がこれほどじれったく思うことはありませんでした。
来週は違う話なの!といっても「同じアニメ」=同じ面白さ=来週も同じ≠目の前の筋書きのないドラマである野球
で、アニメ<野球という理屈です。
「侍ジャイアンツ」のように高く飛でもなく「巨人の星」のような魔球があるわけでもないリアル野球の面白さは当時の私には理解出来ませんでした。
また父は「観れば分かるだろう」が口癖の人なので解説何かしてくれません。
結果、私はますますリアルの野球から離れていきました。まだ張本が巨人で黒いグローブをはめてバットを振ってた頃の話。
皮肉にも、この状況は私の母が早世し、病室にあった小型テレビが我が家に戻ってくることで解消されてしまうのですが。

最近、Twitterで「スポーツ好き」な人が「嫌いな人」たちに向けて「みんなを集めて、ちゃんと教えれば良かったのに」と発言して集中砲火を浴びまして。
実際には発言者は「スポーツが嫌いだったけど今は少し興味のある人たちに声をかけ」と前提を絞り込んでいればこういうことにはならなかったと思いました。
Twitterはそこが怖いところです。
ただスポーツばかりじゃなく、オタク趣味や作品のいわゆる「布教」や「お薦め」にはこの手の「はいみんなあつまってー!」な要素や行為がつきまとうので、やはりここはテキ屋の人たちの「さあさみなさん御用とお急ぎでない方は……」という話芸を何とか身につけたいところです。

具体的に言うと今は亡き内藤陳さん、アニメ特撮系の評論技術を立ち上げて現在の形にした人たちの一人、池田憲章さんの心意気と文章力。
特にアニメックに掲載されてた「SFヒーロー列伝」がなければ、仮面ライダーをはじめとする東映変身ヒーローの評価は恐らく20年単位で遅れてたんじゃないでしょうか。80年代の雑誌連載記事の中、単行本化を今も待つ人は多い傑作連載のひとつです。
今は信じない人が多いのは幸いですが、80年代まで「東宝&海外特撮映画(50~60年代)」を頂点に「円谷のテレビ特撮(Qからセブンまで)=海外特撮テレビドラマ(サンダーバードなど)→帰りマン以後の円谷&東宝特撮→東映を含めたその他テレビモノ」という好む対象のヒエラルキーが存在しました。
それを池田さんはこのコラムでひっくり返しました。
さらにそれを重要な形で補佐していたのが中島紳介さんのコラムで、特にアニメック後半のロボットアニメ関係のお約束とかをネタにした話とか、ドンドン「楽しむ楽しまないのは見る側の見立ての問題でもあるよ」という問題定義を直接ではなく楽しく読ませて、読者に気付かせていくのでした。
ただし、これはリアルタイムで放送されているアニメ、特撮、及び過去作のソフトが圧倒的に少ない時代だからこそのDIY的発想かつ提案であったと思いますが、お陰で「自分だったらどうするか」という作家のもつ基礎能力のひとつをここで楽しみながら学んだわけです。
幸いにも私が10代だった80年代までは「名作映画100選」を片っ端から見れば映画史は俯瞰出来ましたが、今映画史を俯瞰するとなったらその三倍はみないといけない。

そういう意味で若くて時間があるときに「過去の傑作」や「埋もれてしまったもの」を掘り起こして、見るきっかけを作ってくれたり知識を貰えるのは幸福でした。

今は分厚い時の映画秘宝と、本家の映画秘宝のコラムが若い人たちにとってはその役割を担ってくれてるのは興味深い限り。むしろアニメ雑誌とかにこの手のコラムがないのは……まあ1年の作品数が多すぎるからでしょうか。
ただ、大量の作品が出続ける状態というのはいつか一度終わりを迎えます。
それから時が流れれば必ず今の時代の作品群は、埋もれたモノ輝いて評価されたモノを含め、改めて再評価されることになるでしょう。
その時が楽しみです。