色々作る時の思考

昨日は一オタクとしては「何でも楽しもう」という考えが幸せだし寛容である必要もある、とお話しをしました。
が、まあ矛盾するのが人間です。
自分がものを作る時は話が別になります。
観客モードから思考を切り替えて、己の声に素直に従って「あれはやるまい」とか精一杯自分の信じるモノを全部投入してやれることを全部やるのがベストです。
もちろん完全には行かないけど、その時、その瞬間、その場においてやれるだけはやる。
後悔するのはあとで「やらない後悔よりやった後悔」でいく。
西川伸司先生の漫画「日本特撮映画師列伝 」の中で、とある造形作家が寝不足と時間の無さに不本意な出来の怪獣の着ぐるみを納品して、その際ちょっと言い訳をしたら現場の偉い人に「視聴者には関係が無い、君はその言い訳を怪獣の背中にでも書くつもりか」と怒られるという挿話があります。
基本、物作りはそういうもので、お客の目に触れた時点で作者一人のものじゃなく、事情も観客には無関係です。
こういう話をしてると、なんか自分のクビを真綿で占めてきてる気もしますが(笑)で、色々なゲームや漫画制作の現場を取り仕切った経験のある知り合いの某氏に、
「締め切り守りつつ自分のクオリティを高め、あるいは維持するにはどうしたらよいのよ」と訊ねたら
「そりゃ簡単だ、多くの完成品をつくって世に送り出せばいい」
とあっさり言われました。
「完成品が多いほど普通、物作りは上手くなる。半完成品は夢の塊のママだからある程度まではいっても結局、当人が望むように上手くなることは絶対にない」
「じゃどうやって完成品を多く作る? とにかく適当に早く?」
「いいものを作るのは商売として当然。適当に作るんじゃない、手早く作って見直す」
「どうやって?」
「頭から最後までとにかく急いで、出来れば締め切りの半分の時間で一度完成させる。で、なるべく時間をおいて客観視する。そうしたら何処が足りないか、歪かが判る。あとは最低限の手直しでどこまでいけるかを考えて、手直しをする。締め切りギリギリまで」
「えーと、最低限の手直しって手抜きじゃ? 駄目なモノは全部作り直したほうがいいんじゃないの?」
「あのね、客観視した上での最低限の手直しってのは、手抜きじゃなく効率化の時間を取った上での最短距離。全部作り直しは気分はすっきりしてもドツボに入ると永遠に完成しない」
「…………でもさ、こう創作行為ってのは【天啓】というか【マジック】が試行錯誤の果てに最後の一瞬振ってくるもんじゃないの?」
「あー、それな。ただの錯覚。たまたまそれで上手くいった奴がそう言ってるだけ。第一即身成仏した偉い坊さんの周囲には山のようにしくじった連中の墓があるって話をしただろ? 仏陀以前&以後に同じ様に悟りを開こうとして歴史に残ってない連中がどれだけいるよ?」
「う……」
「第一、お前さんがそういう作家ならとっくにそうなってるだろ。なってない、ということおはそういう作家じゃないってことさ。その上でどうしていくかってことじゃないかね?」
「……はい」
「で、お前さんの仕事のやり方はどうよ?」
「うう……作っては矛盾に気付いた時点で戻ったり先にいったりしながら……やれるだけのことを全部ぶち込んでネタも……」
「今から20年ぐらい前に沖縄コミケの時に開田裕治&あや先生ご夫妻や唐沢俊一先生たちと一緒に来られてた睦月影郎先生になんて言われた?」
「【プロ(の作家)は手を抜くんじゃなくて力を抜くんだよ】って」
「それをオレ流に翻訳するとこーなる」
「……」
「お前さんは元々職人型の思考回路と創作方向なんだから天才のマネをしないほうがいいだろ? そっちの努力は間違った努力だと思うぞ?」
というわけで私は仕事のやり方を切り替えたわけですが。
その辺の事情はこちらの配信動画に。四回もあるんでお暇なときにでも。