風の噂に

今年の10月から貧困対策費用や福祉の費用が削減されるそうですね。

そこで思い出したことがあります。
私はこの世を去るまでの最後の三年間、父を医療介護施設に預けました。
「食べたいときに食べ、飲みたいときに飲み、吸いたいときに吸う」という人で、心臓に心筋梗塞をやって以後も、どんなにお医者さんや看護師さん、子や孫が懇願しても煙草と酒を手放せず、あげく隠れて飲んだり吸ったりするようになり、ステントは三本、弁置換まで行い、ついにはICUに半年以上入院するという事態となりまして、心臓の病気も進行、それまでかれこれ25年、何とか同居して衣食住の面倒を見ていたのですが、生活サイクルも合わず、価値観も違いすぎる親との同居に加えて抱えている大きな仕事の山場を迎えて、「もうこれは第三者に管理して貰うしかない」ということで、医療介護施設にお願いしました。
それから3年後、最後に肺がんを発症した父は、余命1年が半年になり、入院するとそれが3ヶ月になり、3週間になり、1週間になり、最後は自分が見送った母や祖母がそうだったため、最も怖れていた「数年に及ぶ寝たきり状態」を過ごすことなく、あっけないほど簡単に世を去りました。
抗がん剤治療を素直に受けていたお陰で死ぬ前日まであちこち歩き回りアレコレ食事をし「今日来るならサンドウィッチを買ってきてくれ」と亡くなる当日に言いつけて、実際「苦しいなあ」と言ったのは最後の15分ぐらい。
その辺の事情は数年前の日記を参照してください。

そして、葬儀が終わった翌日、父の荷物を全て処分しようということで施設の部屋に行きました。
とりあえずゴミ袋に全部燃えるモノを突っ込み、その週のウチに友人に車を出して貰って全部処分しますが、出来れば燃えるごみ(特に衣類)をいくらかそちらのゴミとして出せませんか、と職員の人に相談したら、職員の人が暫く黙ってから、おずおずと
「あの、もしよろしかったらお父様の遺品、棄てるのならこちらにいただけないでしょうか」
と切り出されまして。
「でも服とかは……」
「肌着とかは抵抗あるかもしれませんが、うちの場合、病院から退院して身寄りがない人が生活保護を受けながら入るパターンが多くて……お金がなかったり、あっても入所にいたって購入しなくちゃいけないものを買ってきてくれる人がいなかったりするんです」
「確かにここにある父の服は(肌着も含め)全部洗ってますけど……」
なお、父が入所の際に必要だと言われて私が買ったモノは
低い(ベッドと同じ高さぐらいの)テーブル、パイプハンガーとそれにかけるためのハンガー、サンダル、コップ、箸類。3段ボックスと衣装ケース2つ分ほどの肌着と冬と夏の衣類。お出かけ用の服。歯ブラシなどの洗面道具。
さらに本人の希望でラジカセ、テレビとDVDデッキ(それと大量の本とお菓子、DVDを毎週要求されました(笑))。
最後のふたつと本やDVDはともかく、それ以外のものは最初は施設から貸与してもらい、その間にささっとホームセンターで買って、大きな物は配送を頼み、それ以外はなんとかタクシーに積んで持って来ました。
元から本を読んだら破って棄ててしまうような所のある人だったのでものに執着がなく、かなりささやかで、質素過ぎてちょっと申し訳ないなあと思っておりました。

ところが。

「これだけ贅沢なものを持ってる人はウチの施設の中じゃ数えるほどしかいないんです。家族や知り合いの面会さえ殆どの人にはないくらいで」
そういえばこの施設に私は最低でも週一回、場合によっては二、三回通ってきてましたが、土日に訪問客が溢れて……というのを見た記憶がありません。
平日の朝10時~17時までは施設の掃除のため、某病院のリハビリセンターに移動しますが、そこに訊ねてくるのは私だけでした。
「そちらのお父様はここの開設と同時に入ってこられたから出来ましたけど、幾つかの品物は貸与という形でお渡ししてるんですがもう足りなくて……」
「えーとじゃあ、歯ブラシ以外のコップとかも?」
「お願いします、食器類は特に細かいだけになかなか」
使いかけの入れ歯洗浄剤、半分残ったインスタント&粉引きのコーヒーも、入院前からちょっとずつ食べていた袋入りミニ羊羹の残りとか「欲しい人がいる」ということで、結局私がそこから持ち帰ったのはテレビとDVDデッキ(これはテレビはヘタをすると生活保護の対象外になる&VTRデッキぐらいしか使わない人が多いので要らないとのことでした)とアルバムぐらいでした。

最後に施設を後にするとき、施設の人が
「あなたのお父さんは幸せだったですよね。毎週あなたが見舞いに来たし、買い物もしてくれてたし、最低でも月に一回は外に連れて行ってくれてて」
としみじみ言われました。
親を施設に押し込んだという罪悪感と、その前後のドタバタで仕事のリズムを完全に崩されて大変な事になっていた私は、それだけでもありがたいと思ったのを覚えています。

それから3年近く。

10月の国家予算削減と、制度改革のアオリを受け、さらに職員の不足でその施設の存続が危ないという話を風の噂にききました。

そして、この話をTwitterに細切れにあげたところ「自分も親の時に同じことをした」という方々、「職員だけどうちの職場もそういうことは珍しくない」という方々からお返事を頂きました。
これは所得の低い沖縄だけじゃなく、日本全国で起きつつある現象のようです。
20年前祖母が他界したときはもっと手厚い福利厚生や医療保護があったと記憶してたのですけれども、国家財政の事情もあるのでしょうが、色々変更を余儀なくされ、福利厚生医療介護に関わる人たち、それに頼る人たちは大変に苦しくなっています。