黙祷と追憶と恥の告白

起き抜けに、中学、高校時代の数少ない知り合いが亡くなったと知りました。
去年の12月だったらしく。
大きな人でした。
まずその体格が。
180センチぐらいはあったでしょうか
木訥ながら優しい奴で、また模型好き。
それもただの模型好きではなく、高校1年生の段階でプラ板だけで見事な 48分の1ぐらいのガンダムの頭や、同じく大スケールのダグラムのターボザックを作っていました。
「手が大きいからさ、市販のものじゃ小さいんだよね」
そう言って笑っていました。
模型雑誌でしかそれまで見たことのない「プラ板職人」とでも言うべき人が自分のすぐ側にいるというのは感動し、同じ中学に通い、私ほどではないにせよ、彼も趣味や外見の特異さをしょっちゅうからかわれてました。一時期は本土の牧師の人に引き取られていたらしく、そこで何を見たのか、経験したのか「神様とかそういうのを信じる人はろくでもない」ということを一度だけ、耐えきれないように口にしたのを覚えています。
中高生というのは夢が大きいもんです。
当時にはよくありがちでしたが、手を動かすよりも実際のSF大会やコミケに参加した時の体験を吹聴する人物が頂点で、ほかは資料や理論、知識を丸暗記して自慢することが多い周囲において(私もまだそのころはそういう人たちの群れの中でした)、彼はオタクの友人としては数少ない、しかもモデラーとしては唯一の「手を動かして作品を作る人物」でした。
彼に対しては恥ずかしい話があります。
高校の時、持久走大会があって、一緒にドベを走ってましたが、最後の最後、追い抜いてやろうと悪い心を起こして走った私を、にやっと笑うとあっという間に追い抜いてしまいました。
つまり彼は私に合わせてくれていたのです。
「何も言わずに抜けがけするなよ」
ちょっと呆れたように彼に言われ、恥じ入ったのを今でも覚えています。
高校を卒業してからは進路も違うため、なんとなく疎遠になり、10年ぐらい前に行き付けの模型屋さんで再会したとき、彼はまだモデラーをしていました。
あの頃作っていたものは、と尋ねると「あの頃は補強技術を知らなくて、作っては途中で壊してしまって、の繰り返しだったんだよ」と笑ってました。
「今はちゃんと完成させてる」とも。
そしてキット制作だけではなくフルスクラッチも続け、四分の1のマシーネンクリーガーなどを作っていました。
これがその一部。沖縄のマシーネン展示会に来られたことのある方は看板代わりのこのスーツを見たことがあるはず。

(写真は「niagalastudioの仮住まい」さんよりお借りしています)
私の「あそびにいくヨ!」がアニメ化された時、何も言わずに小説にのみ出てくる見事な「ルーロス改」をこんな風に作ってプレゼントしてくれました。
完全なフルスクラッチ。

設定通りのボディライン、オマケにタイヤカウルの上にある招き猫の小さなフィギュアまで! 驚く私に
「まだ作り込みが甘いから今度新しく作るよ」と行き付けの模型屋でたまにあうと、恥ずかしそうにそう言ってくれてました。

亡くなったのは去年でとっくに葬儀も終わったとか。
今年の沖縄のマシーネンクリーガーの展示会に私は行くことが出来ず、てっきり彼は来ているのだろうと思い込んでいましたが、実は出品どころか顔見せさえしておらず、主催者の方が気になって確認したところ亡くなったことが判明したと言うことで、私の所にも知らせが来ました。
残念でなりません

まだまだ彼には作りたいものがいっぱいあったと思います。

私も彼の作る模型を見ていたかったし、彼の目に叶うようなメカが出てくるような作品を書きたいと思っていましたが、それはもう叶わぬこととなりました。

本当に、残念です。