半世紀近く前の沖縄→本土間の旅行のお話

 

親しくさせていただいている年上の方が二十数年ぶりに引っ越しとなりまして、少し前に亡くなられたその方のお母様が、色々と大事にモノを補完保存するという、昭和世代にはありがちな理由で色々なモノが出てきまして、処分する際に幾つかをお譲りしていただきました。
これは1970年、かの大阪万博に沖縄からその方のご一家が観光旅行に出向いたときの「思い出の品」の一部。
当時の観光旅行社から配られた日程表(および注意書き)と「観光のしおり」的小冊子、および万博会場で購入した絵はがきです。
日程表と注意書きはこんな感じで「服装」と「パスポートの管理方法」があるのが当時の沖縄の状況と(当時はアメリカ占領下にあるので外国扱い)、地方の日本人にとって、如何にまだ旅行というものが一般的な娯楽ではなかったか、という記録だと思います。
なお、那覇空港、那覇港、泊港の待合室、ロビーの案内図は当然現在のモノではありません(どちらも20年近く前に建て替え)。

そして、この「万博手帳」という小冊子がついてきました。
丁寧な日程表の他にこういうものがついてくると言うのは今では信じられない話ですが、それだけ「県外に出る」ということが如何に珍しく大変だったかを示すと思います。

 

服装の注意などの他、免税品(当時沖縄はアメリカ領土なのでウィスキーや煙草、缶詰類は定番のお土産でした)の持ち込み量の注意があるのが時代ですね。
またこの頃から「夏は本土のほうが暑い」という感覚があったことがうかがえます。
また、万博内施設の案内やエキシビジョンの時間、入場料などの細かい料金まで記載されています。

中でも個人的に一番驚いたのが巻末近くにある船の運賃表と飛行機の料金表でした。
東京まで往復で151ドル!
一ドル360円時代なのでつまり5万4360円。
たしか当時の大卒初任給が4~5万円ですから、1ヶ月分以上が飛んでいく計算に……消費者物価指数で換算すると現在の17万以上、給与比率で換算すると27万越え!! ファーストクラスではなく普通席で!
さらにこれに宿泊施設の費用がかかるわけですから一人旅でも、現在の感覚で30万~40万ぐらいかかる感覚でしょうか。
この12年後、私も一人旅で東京に行き二週間滞在しますが、その際父に「宿泊先は殆ど知り合いや従兄弟の所だったから安く済んだけど、それでも30万ぐらいかかった」と言われました(その年の頭、長患いの果てに母が死に、父は入院費や治療費の精算もかねて夏前に友人たちと起こした会社を辞めましたから、その金が出せたのはそのタイミングだったから、というのもあるんでしょう)。
ちなみに2018年の現在、私が上京する際はこの数年、ビジネスホテルの部屋を一週間近くをとって往復ひっくるめて7万前後ですから…うわあ。

確かに我々は未来に生きているといえるなあと思いました。