EXMOD2 外伝「華社美月の風景」その8(全8回)

☆第8回

学校が再開して、登校初日に、美月は偶然、亜世砂と校門で出会った。
いつものように姉の世衣と、弟分の真之斗と一緒だが、世衣が真之斗と手を繋いでいた。
明らかに三人の雰囲気が違う、と美月は首を傾げ、それ以上の大きな違和感に気付いた。
世衣の右手首の補助装具は変わらないが、真之斗の腕、亜世砂の足首を覆っていた装具がない。
「どうしたんだ。おい?」
美月がそのことを指摘すると、亜世砂は勿論、世衣までが微笑んだ。
「色々あったんですよ」
と世衣が答え、その声が数日前までのがらがら声ではなく、事故前の美声を取りもどしていることに美月は驚いた。
「美月、あとでいいもん、見せてやるよ」
と亜世砂は微笑んだ。
そして数時間後。
クラス合同で受ける体育の授業で、それまで体育着をつけたまま見学だった亜世砂が「今日は調子がいいんで参加します」と言い出した。
体育教師は、陸上部の副顧問で、一瞬痛々しい顔をしたが、「いいでしょう」と頷いた。
授業は100メートル走の測定。
やがて亜世砂の番が来た。
後ろに並ぶ美月にちょっとだけ振り向いて、亜世砂はにやっと笑った。
その笑顔が「まあ、見てろよ」という意味だと気付いて、美月は首を傾げつつ、スタートラインに移動していく亜世砂を見て驚いた。
足を引きずっていない。
それに身体の中心線が、昔のように真っ直ぐになっている。
実践型の空手をやっている美月には、数日前までの亜世砂とは別人の身体の動きになっていることが理解出来た。
スターター代わりの笛が鳴る。
だん、と亜世砂が踏み出す最初の音が、美月の耳に残っているうちに、その細い身体が50メートルのラインを超え、ゴールラインを踏んでいた。
どれくらいの早さかは分からないが、間違いなく、以前よりも早い、と美月は思った。
「え? え?」
亜世砂がゴールラインを踏んで数秒して、慌てて教師はストップウォッチのボタンを押した。
「12秒……いえ、今のナシ! 測定しなおします! 小日向さん!」
上ずった教師の声に、亜世砂はその場にしゃがみこんだ。
「すみません、先生、ちょっと気分が……」
亜世砂はそう言って片手を挙げる。
仕草はどう見ても嘘だった。
(この野郎)
にやっと美月は笑った。
「先生、俺、小日向さんを保健室に運びます!」
美月は手を挙げて大声で宣言し、亜世砂に向かって走って行くと、芝居に合わせて肩を貸してやった。
「見た?」
「ああ、見た、今の下手すりゃ10秒切ってるだろ」
「かもね」
「何があったんだ?」
「奇跡」
ふざけているような答えだが、それだけで、美月には充分だった。
傲慢かもしれないが、こいつらは勝手な期待を背負わされ、屈辱を受け、特別な苦労をしたのだ、それぐらいあっていい、と思っていた。
それに亜世砂は質問に隠し事で返せるタイプではない。
彼女が「奇跡」と呼ぶなら本当にそういうことが起こったのだろう。
「そっか、よかった」
「でも、もうオレ、人のためには走らないよ」
美月は亜世砂の横顔を見た。
「今まで、人に褒められるのが嬉しくって走ってたけど、今日、気付いた、オレ最初は楽しいから走ってたんだ、ただ、楽しいから」
意地や、怒りではなく、晴れ晴れとした表情だった。
「それなのに……いつの間にか、人のために走ってた。バカみたいだ。今日からもう、元に戻るよ、そういう意味で、さ」
「そうか、なら止めねえ。お前は、お前のために走れ」
「うん、そうする」
にかっ、と亜世砂が笑い、片手でガッツポーズをしてみせた。
「勝ったな」
美月はいい、「ああ」と亜世砂は頷いた。
ふたりはささやかな勝利を胸に、保健室へ急ぐ。
校舎に入ると、微かに世衣の歌声が流れてきた。
少し遅れてどよめきの声も。
<奇跡>は亜世砂にだけ、ではなかったらしい。
「そういうことか」
「ああ」
「いい姉妹だよな、羨ましい」
美月は心の底からそう言い、笑った。
(終)

 

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