EXMOD2 黒ノ追撃者外伝「華社美月の風景」その1(全8回)

☆第1回
電車の中、あちこちで鉄道会社とリンクしたアプリが警報を鳴らした。
「?」
華社美月{華社ミヅキ:はなやしろ・みづき}は自分のスマホを取りだしてそれを停止させる。
電車の昇降口付近に設置された広告用液晶モニタでニュース速報が流れた。
ここ数年、定番になった飛行型無人機{飛行型無人機:エアドローン}からの空撮が美月の目に飛びこんできた。
電車が脱線、転覆したという事故のニュース映像だ。
先頭の車両のいくつかは脱線して、なだらかな川べりを滑り落ちたらしく、濁った水面に二両ほど車体の一部が覗いている。
残り半分は内部から上がる炎と煙に包まれていて、どうなっているか分からない。
やがて画像全体が煙に包まれて意味を成さなくなった。
美月はそれを見て、嫌な予感に背中を撫でられるのを感じた。
詳細な情報をスマホのニュースサイトで確認する。
美月が血相を変えたのは、その電車事故がどこで、どの路線で起こったのかを知った時だった。
「待て、それって亜世砂の乗ってる路線だろうが!」
思わず声を上げ、自分が乗っている電車の路線図を見上げた。
間違いない。
美月の親友である小日向亜世砂{小日向亜世砂:こひなたあずさ}とその姉、世衣{世衣:せい}、そして弟分の霧山真之斗{霧山真之斗:きりやままのと}の3人は亜世砂の早朝練習がない限りは毎日、この時間、今事故が起こったという電車に乗って通学している。
それは機械のように正確だ。
今なお、何の連絡もメッセージも来ないのは何故か。
次の瞬間、美月は亜世砂のスマホに電話をかけようとしたが、思いとどまる。
緊急時の通信回線が混雑する上、大事故の現場に着信のベルやチャイムが鳴り響くというのは、その場にいる人々の思わぬパニックを招くことがある。
「だから、電話をかけることもメッセージを送ることも、やってはいけないんだ」
と「恋人」に教えられたことを思い出し、スマホを制服のポケットに戻した。
次の駅で人をかき分けて電車を飛び降りると、美月はホームを小走りに移動しながら、「理宇」の表示のあるスマホのアドレスをタップして電話をかける。
今は「恋人」の田上理宇{田上理宇:たがみ・りう}は幼稚園時代、同じアパートの階に引っ越してきて以来の付き合いだ。
理宇の父親と、美月の父親は職場が一緒で出世もほぼ同じだった。
小学4年生にあがったころ、生活に余裕が出来て今も住んでいるマンションに引っ越してきて……だから、かれこれ15年を超えている。
「理宇!」
『亜世砂ちゃんたちのことだろ』
そん長い付き合いだから、ふた駅先で合流予定だった恋人は、こちらの心を読んでいたらしく、切迫した声で前置きも、挨拶もなしに言った。
「ああ、ちょっと確認に行ってくる」
『僕も行く』
「ダメだ、お前ェまで巻き込めない、悪いけどひとりで学校行ってくれ」
『分かった』
こういうところでベタベタしないのがこのふたりの距離感である。
『でも気をつけて、心配事があって急ぐと、自分が怪我をするから』
「去年のお前みたいにか?」
去年、美月の家の近所で火事があり、心配した理宇が駆けつけようとして自転車で転び、擦り傷だらけになったのを思い出して美月は苦笑した。
『茶化さないの!』
「わかった、御免。じゃあ後で」
電話を切って、今度は学校の担任に電話をかける。
「華社ッす、電車事故に陸上部の小日向亜世砂さんが巻きこまれてるかも知れねえんで、その確認に行ってくるんで!」
『お、おい』
「親友なんス! 遅刻すんでご報告まで! 確認取れ次第、また御電話します!」
言うだけ言って、美月は素早く電話を切ってマナーモードにした。
学校に無断で休めば問題になるが、前もっての報告があれば、教師たちはまず「自分たちに報告したが暴走した」ということで面子が立つ。
これで折り返しで電話が掛かってきても取らなくていい。
こういうやり方を教えてくれたのは恋人の理宇だ。
他人や大人の勝手と、それに折り合いをつけて、味方には出来ずとも、とりあえず敵には回さない方法。
こういうことを理宇や美月の周囲にいる大人たちが教えてくれなければ、美月は小学校の終わりから問題児童という扱いを受けていたに違いない。
美月は階段を降り、どのホームの電車に乗るべきか考えた。
すでに美月の中で、亜世砂が事故に巻きこまれているということは確信に近い物になっている。
もしも乗り遅れた、あるいは1本早い電車で被害を免れた、事故に巻きこまれても無事だったなら、今ごろ亜世砂から連絡が入っているはずだからだ。
(まず、どこの病院に送られたか、だよな)
今さら事故現場に駆けつけても混乱に拍車をかけてしまうだけだ。
美月はスマホから、去年稼働しはじめたばかりの警視庁の事故被害者情報アプリにアクセスした。
自分のマイナンバーと携帯番号を登録する。
個人情報の流出よりも、亜世砂の身が心配だった。
「……あの駅で事故が起きたはずだから……ここか」
救急病院を幾つか特定すると、美月はそこに近い駅へ向かう電車をさらに乗り換えアプリで検索し、ホームへ向かった。


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