「EXMOD:思春期ノ能力者」電子書籍版発売記念読み切り短篇「ある日の小日向家」

休日の小日向家の朝というのはのんびりしている。
理由は簡単で、学校がない。
学校がないから早く起きる必要がない、起きる必要がないから朝ドタバタしなくて良い。
……というのは理由の半分になる。
実際には小日向家の向かいにいる霧山真之斗が朝寝坊できるから、が理由の半分である。
小日向家には今ふたりの姉妹が生活している。
長い黒髪を腰まで伸ばした才色兼備の小日向世衣。
ショートヘアで天真爛漫活発な上に高校総体の中距離走におけるレコードブレイカー、小日向亜世砂。
母は幼い頃に離婚して家を出て、父は故あって今ロンドンに単身赴任中。
二年前までは通いのお手伝いさんがいてくれて面倒を見ていたのだが、最後の二年ぐらいからはほとんどの家事を世衣がこなせるようになったため「世衣ちゃんという後継者もできたし、年金生活も始まるので」と円満退職したぐらいだ。
つまり、小日向世衣は文武両道家事手伝い、全部出来る万能の少女というわけだ。

が、妹の亜世砂は知っている。

実際の世衣は、異様なほどの「心配性の世話焼き姉さん」なのだ…………いや、自分にではなく、霧山真之斗に対してのみ、なのだが。
だから真之斗が活動してないときは、真之斗のための次のなにかを黙々と準備をしているか、自分も休んでるか……だから静かになる、はずなのだが。

その日、日曜の朝から、小日向家はドタバタとしていた。

正確には一階である。
「…………?」
足音の慌ただしさになんとなく亜世砂は目を醒ました。
まだ四月で、寒の戻りでこの三日、再び気温が一気に下がったので亜世砂はパジャマ代わりのジャージを着て眠ってる。
「何してんだ、姉貴?」
二階の部屋から下りてきて声をかけると、青ざめた世衣がこっちを見た。
品行方正清廉潔白を絵に描いたような普段からは想像ができないほど取り乱し、髪の毛も心なしか乱れていた。
「どうしよう、亜世砂」
この世の終わりみたいな顔で世衣は告げた。
「?」
「真之斗が風邪ひいたの」
もうちょっと亜世砂の頭がしゃっきりしていたら、その場でコケるぐらいのリアクションはしただろうが、何しろ日曜の朝、寝坊するつもりで起きてしまったから反応が鈍い。
「風邪……ああ、風邪か」
「風邪か、じゃないわよ! 真之斗が風邪をひくなんて!」
(まあ、確かに珍しいよな)
ぽかんと亜世砂は思う。
何しろ世衣の面倒見の良さは真之斗の私生活にも半ば及ぶ。
さすがに就寝時間にまで口出しはしないが、食べ物は朝昼晩彼女が作り、少しでも具合が悪そうなら付き添って家にまで行くことさえある(さすがにこれは真之斗が中学生になってからは滅多なことがない限り遠慮するようになったが)。
自分たちより頭一つ低い身長150センチちょいで細っこい真之斗が、滅多に病気ひとつしないのはある意味、世衣の健康管理が徹底してるからだ。
今の高校に入るときは数学と英語が苦手な真之斗の為に家庭教師まで引き受けた。
つまり、小日向世衣にとっての「万能の少女」と呼ばれる部分は、最初からなにもかも霧山真之斗の為にある。
(しかしよくもまあ、マノの奴も姉貴の管理下で風邪がひけたもんだよなあ)
ぽかんと亜世砂は思う。
(まあ、どうせ新作のVRゲームにハマって徹夜でもしたか、うっかりリビングで寝て身体冷やしちまったんだろうけど)
それぐらいの想像が付くぐらいには、亜世砂も真之斗の家には出入りしていた――――時には世衣の代理として「お使い」にも行かされるのだ。
(…………ったくホント、世話の焼ける話だわな)
もっとも、口では色々言うものの、亜世砂にとって真之斗はあくまでも弟分だし、昔からの付き合いだから当然だとしか思っていないのだが。
「そんなこの世の終わりみたいな顔するもんじゃないと思うけどなあ」
「何言ってるの! 熱が38度9分もあるのよ」
世衣が眉をつり上げた。
「なァる……そりゃちょっと心配だなぁ」
まだ寝ぼけのうっすら残る頭で世衣は考える。
40度ならインフルエンザだが、重い風邪なのは間違いない。
「でしょう?」
「で、何を慌ててるのさ?」
階段の終わりあたりに腰を下ろして亜世砂は尋ねた。
「いえ、えーととりあえず真之斗に何か食べさせ……いえ、それともお薬が先かしら? それとわたし、髪とか整えなくちゃいけないし……」
「……姉貴」
本当にこの少女が学校では楚々とした美人で、頭も切れて行動力もあり、誰にも頼られるあの小日向世衣か、と思うと亜世砂はさすがに呆れた声になる。
「落ち着きなよ、深呼吸!」
こういう時の調整役が不思議に自分に回ってくる…………まあ、年に一回もないのだが。
「あ、え、ええ」
大きく息を吸って、吐く。
「落ち着いた?」
「ええ」
ほっと世衣は溜息をついて微笑んだ。
「やることの順番、決まった?」
「とりあえず真之斗のご飯作って、お薬用意して、身だしなみを整えたら出発。熱が39度になったら病院へ連れて行く」
スラスラと世衣は答える。
「はい良くできました」
亜世砂がそういって偉そうに胸を張ると、数秒たってからふたりの少女は笑い合った。
世衣が長女、亜世砂が長男、そして真之斗が末っ子。
そういう役周りで、関係なのだ。
だから普段はしっかりものの長女役の世衣が引き締めて、だらしない長男役の亜世砂がちょっと緩め、世衣が取り乱したら、普段はだらしない亜世砂がフォローして軌道修正。
それが小日向姉妹にとっての、霧山真之斗への担当の割り振り。
「じゃ、オレ寝るね」
あくびして亜世砂は自分の部屋に引き上げた。
「明日からまた朝練だし…………オレも後で真之斗のとこ行くよ。姉貴もあんまり根詰めて看病なんかするなよ。姉貴が風邪引いたらそれこそ目も当てられないかんな」
「ええ」
言いながらもう世衣はエプロンを身に纏っている。
(ま、言っても無駄だけどなあ)
苦笑しながら亜世砂は部屋に戻っていった。
真之斗の風邪は、その日のうちに平熱になり、三日ほどで完治した。
「白いコートの少年」が引き起こす「あの事故」に巻きこまれるまで、まだ二週間もある、そんな朝の出来事。

(「EXMOD:思春期ノ能力者」電子書籍版発売記念読み切り短篇「ある日の小日向家」完)