「魔法使いの憂鬱」 エルフでビキニでマシンガン!外伝

この世界が、このままでは三〇年後には行き詰まると気づいたのは四歳の時だ。
以来、彼は世界を変えたかった。
ところが、非凡な才能に恵まれながらも、残念ながらその年齢が許してくれない。
だが彼は急ぎたかった。
それなのに、世界には凡庸な、あるいは愚かな人間が多すぎて、彼の意志を貫き通す余地を作ってくれない。
世界は変わらなければならない。
それだけは間違いがないのに。
だから五年前、全てを変えるための第一歩として、それまで「作る」事はできても制御はできないとされてきた「呪詛」を完全に制御した形で、とある国へしかけた。
その国は小さい国だが彼以上に世界を変えるための力を保有し、それを無駄に眠らせている罪深い国だったから、当然だと彼は判断していた。
力には大いなる義務が伴う。保有するだけで義務を果たさないのは罪悪だ。
結果は成功し、その国は壊滅的打撃を受けたが、近隣諸国はその呪詛の恐ろしさを理解して、その国は空前絶後の「権力の空白地帯」となった。
だが、世界は何も変わらない。
自分が開けた「孔(あな)」を誰もそうとは認識しない。呪われた忌み地ができた、それだけで処理された。
そして彼の国は、呪詛が衰え、効力が変化すると同時にその国へ侵攻を開始するつもりだ……彼は自分が何もできなかったと焦った。
「輝き」を得る為に孔を開けたのに、孔はすぐに世界の常識によって塞がってしまった……そう落胆しかけた。
だが、それは杞憂だった。
彼が呪詛を仕掛けた国――――テ=キサスは、とてつもない魔法を発動させたらしい。
いつの間にか国境近くにある「英雄の山」と彼の国では呼ぶ場所の中腹部分が抉られて、レンガでも木造でもない異形の建物が一夜にして忽然と現れたという話が飛び込んで来た。
「これだ、これだよ!」
その報せを陽の光溢れる屋敷の庭で聞いて、彼は駆けだした。
「遠乗りに行く、共は要らない!」
そう言って馬小屋で愛馬に鞍を自ら載せ、走り出す。
こういう「遠乗り」に見せかけた旅はよくやるので、王都の外にある、小作人の家に旅装一切を別に置いてあるので、それを受け取ると本格的に走り出した。
目指すは女性の国と化したテ=キサス。
翌日の夕方、彼は自ら望む「輝き」の一端と遭遇する。
街道へふらふらと出てきたドレスでも単衣でもない、奇妙な縫製とデザインの服を着けた少女は、彼が声をかけると襲ってきた。
戦場の兵士が激戦の果てに陥る「凶戦士状態」だ。声をかける間もなく、彼女は手にした奇妙な者を彼に向けた。
小さな破裂音が連続して響き、一瞬魔法障壁が遅れれば、彼は馬上で頭を射貫かれて死んでいただろう。
それぐらい彼女の武器は早く、鋭く、威力があった。
驚愕よりも、歓喜の感情が彼の中を満たした。
明確な殺意の武器、弓矢でも、魔法でもない。
それは「装置」だ。
彼の世界にはないもの。世界を変えるもの。
「素晴らしい!」
それでも殺されてやるわけにはいかない。だが殺すわけにもいかない。
「!」
彼は「杖」である指輪を使い、次々と軽めの雷撃攻撃魔法で少女の動きを止めようとした。
短い稲妻が飛び、草原を焦がす。
道具に頼るだけではない、見事な反射神経で彼女は魔法発動のタイミングをかいぐる。
まるで「命中」の魔法が掛かった暗殺用の矢のように。
だが「命中」魔法なら無効化出来るが、彼女は魔法では無効化出来ない。
彼女は手にした「装置」を殆ど使わず、開ききった瞳孔に彼の姿を映したままその懐に飛びこんだ。
飛びこむ一瞬の間に右手から「装置」が消え、鋭い刃物が現れた。
金属の手甲をはめていなければ、手首ごと頸動脈を突き刺され、彼は死んでいたに違いない。
乾いた音を立てて、刃が流れるが、彼女の反対側の手の拳と膝が連続してきた。
それを辛うじてかわし、彼は魔法使いだからと安心せず、身体の鍛錬を己に課していたことが間違いでなかったと確信した。
後ろへ飛ぶ。
相手も追った。
一瞬の手と拳、肘と膝の攻防。腰の剣を抜く暇はなかった。
僅かに健全な精神と判断力を保っていた彼が勝った。
拳を脾腹に入れて、身体を「く」の字に折る少女の後頭部を掴む。
相手を殺すかも知れないが、躊躇はこちらの死を意味した。
まだ死ねない。世界を変えた後ならばともかく。
遠慮無く、魔法を発動すると、青白い輝きが少女の身体を貫き、細い身体はのけぞったまま硬直する。
硬直したままの少女から手を離し、彼は両手を大きく広げた。
青白い火花に拮抗して、少女の中から金色の火花が立ち上る。
「すごい……これだけの意志の力ははじめて見た!」
彼は目を輝かせる。間違いないあの「装置」といい、この精神力といい、彼女は別の世界からやって来た。
彼が望むことがあの国に起きているのだ。
彼は渾身の力を込め、両手に填めた予備の魔力を封じた指輪を総動員して彼女の心を縛り上げた。
様々な風景が掌から彼の脳へと去来する。
キラキラと光る物質で飾り立てられた木のそばで華やかな衣服を纏っている幼い頃の少女、ピンク色の花びらが散る見たことのない木々の間を急ぐ少女。
つい最近になって、白い、信じられないほど薄くて丈夫な紙が貼られた立て札の中に、文字を探す少女、そして彼女の肩を叩いて微笑む……少年の顔。
他にも膨大な異世界の記憶が一瞬だけ流れ込んだが、それの持ち主である少女の力が大きくて、それを「見て」いる暇はなかった。
本来なら一瞬で数千人を意のままに出来るだけの魔力が投じられ、ようやく彼女の身体からこわばりが消えた。
一気に彼は止めていた息を吐くと、少女は落下した。
「なんという力だ……これでは彼女との意思疎通は出来ない」
嘆きの溜息をつきかけ、彼は気づく。
一瞬だけだが、この少女の頭の中が見えたこと。彼女がこの状態になる直前、建物の中で明らかな魔法の力が発動している光景が見えたこと、テ=キサスの新たな女王によく似た面差しの少女と、少年の顔。
彼女以外に異世界から来た人間が最低でもふたり、いやひとりいる。
テ=キサスの新女王そっくりな少女は恐らく、この世界から向こうへ出向いた当人が幻影魔法で変じた姿だ。
つまり、あとひとりいる。そして彼の企みは結実したのだ。
「これだ」
彼は感極まって叫んだ。
「これが僕の望むものだ!」
彼――――ザック・ナイダーは足下に完全に洗脳され、彼の操り人形と化した少女を横たえたまま、天を仰いで歓喜の叫びをあげた。

「エルフでビキニでマシンガン!」外伝「魔法使いの憂鬱」終