リラム~密偵の無輪者~発売記念短篇「北方の訪問者」その4

通常のレイロウであれば、即座に斬って棄てようとする相手だったが、酒精と浮かれた嬉しさに、彼は苦笑しながらその侵入者の頭にぽん、と手を置いた。
相手も逃げずにレイロウの掌を受け容れる。
撫でると、相手の頭から布が外れて、三角形の奇妙な紅白に色分けされた「耳」らしきものが立ち上がる。
「ふむ、いい撫で心地だな、お前。緑山猫みたいだ」
撫でるだけでは飽き足らず、レイロウはひょいとその生き物を抱え上げ、抱きしめた。
「うむ、柔らかくっていいな、お前」
相手は「そりわこーえーでし」と下手なヒウモト文字で答えたが、酔っ払いのレイロウには関係が無い。
「よし気に入った、お前、僕の酒の相手をしろ。口がないってことは静かでいい」
そう言ってレイロウはその奇妙な生き物を暖炉のある部屋まで持って行ってしまった。
「さぁ、飲め」
そう言って少年は耳と尻尾の生えた奇妙な「なにか」の前に杯を置いて火酒を注いだ。
「外は寒いぞ。お前、どこから来た? ……なに、わからない? 落っこちてきた? まあいいや。ここは北方辺境、お前みたいな変なのは他にも一杯いるんだろうな。だが、人の言葉を話す奴もいるとは思わなかった……いや、人獣族は獣に変しても人語を喋ると言うが……ん、お前ひょっとして赤狸か?」
すると「しつれーな」と「なにか」は立て札を掲げた。「ゆいしょただしいわれらはぬこでし」
「ほう、ぬこと言うのか、お前らは」
こくこくと「なにか」は頷いた。
「まあいい。神も魔法もこの世界を去って数千年。それでも魔法のような技術は残り、世界は銭金を中心に回っている……知っているか? 神と魔法がこの世界にあった頃、人々は『国』と呼ばれるものに束縛され、『国』に君臨する『王』というものが絶対的な権力を握っていたらしいぞ」
心なしか暖炉の明かりに照らされた白い「モチ」のような顔が興味深そうに首を傾げた。
「だが今の世界は違う。全ては調律集が決めた査定に従って権威者たちも査定され、評価され、あたわぬ物は重臣部会によって立場を追われる。場合によっては圏に与えた損害を孫や曾孫の代まで支払い続けることもある……まあ悪くはないな。僕もそういう意味では結構『お高い』んだぞ?」