リラム~密偵の無輪者~発売記念短篇「北方の訪問者」その3

奥の部屋から気配がしていた。ヒウモトから来る各種の書類、書簡、そしてレイロウが暇つぶしに持って来た書物が収めてある部屋だ。
密偵だろうか。
レイロウはワキザシを握りしめ、ゆっくりと扉の取っ手を引いた。

ゆっくりと扉の取っ手を引いたレイロウの目に、細く部屋の中の光景が見えた。
文机の上に、何かちいさなものが乗っかって、書物をめくっている。
子供にしては小さすぎ、生き物にしては大きい。
レイロウの腰よりも低い高さの生き物だろう。
布きれを頭からすっぽりとかぶり、熱心に書物の頁をめくっている。
その書物が、軍事的な重要書類ではなく、レイロウが持ち込んだ読物語の一冊だと気づいて、レイロウは力を抜いた。
「おい、何してる?」
扉を開けて話しかけると、相手は驚愕してこちらを向いた。ついでに足を滑らせてすってんころり、と転がり落ち、わたわたと起き上がると、頭の布が外れて中身が見えた。
なんとも奇妙な顔だった。
ヒウモトには「コメ」と呼ばれる独自の穀物があり、これを水につけ、煮立てて蒸して主食とするのだが、「モチゴメ」と呼ばれる種類のものは、さらに蒸して杵と臼で突くことで「モチ」と呼ばれる甘くて柔らかいものになる。これに砂糖と小豆を煮て蒸して潰したものを包むと女子供が喜ぶお菓子の一種になる。
丸く作った「モチ」をちょっと潰したような輪郭に、ちょんちょんと黒小豆をふたつ左右に載せたような目。
鼻も口も何もない。
前髪のような赤いものが何か文字の書かれた額から左右に分かれて垂れている。
そしてそれは、親指だけが別れた手袋を填めたような手に、棒と板を貼り合わせたような立て札を掲げた。
「…………こばわ? ああ、こんばんはと挨拶をしているのか…………お前、字が下手だなあ」
通常のレイロウであれば、即座に斬って棄てようとする相手だったが、酒精と浮かれた嬉しさに、彼は苦笑しながらその侵入者の頭にぽん、と手を置いた。
相手も逃げずにレイロウの掌を受け容れる。
撫でると、相手の頭から布が外れて、三角形の奇妙な紅白に色分けされた「耳」らしきものが立ち上がった。