「帰リキタレ」の時代

前の日記にも書いた母の一件もあって、図書館に通って64年~66年までの新聞をアレコレ読んでると、復帰前の沖縄の猥雑さと不便さと混沌さがよく分かります。
あと、少し遅れてやってくる日本本土の流行や思想の波とか。
でも中でも切ないぐらい目立つのが「日本(本土)の」という言葉が頭に付く広告です。
{本土(あるいは内地)と沖縄を結ぶ」「本土(内地)と同じ」「本土(内地)でも大人気」「本土(内地)でも売られている」「本土(内地)で大評判」あるいは「日本でも有名な」……これらの言葉が並ぶ広告がかなりの数あります。
さすがに全てコピーできないので、ここにあるのはごく一部ですが……

IMG_1811 IMG_1788

IMG_1984 IMG_1988 IMG_1986 IMG_1997

 

 

 

 

 

 

 

 

最後の1枚は広告ではありませんが、当時の沖縄県民が少しでも「日本人であることに浸りたい」という切なさが今となっては浮き彫りになる新聞記事だと思います。

さて、有名なブラッドベリの連作短篇「火星年代記」の中には、地球で大戦争(終末戦争)が起こっていて、豊かで平和に暮らしている火星に移民してきた人々が地球を見ていると、光のモールス信号で「帰リキタレ」という言葉が毎日届くようになり、最初は「馬鹿な話だ」と口々にいいつつ、結局みな、平和で安全な火星を棄てて、殆どが地球に帰ってしまう、というお話があります。

これらの広告や記事はほぼ全て沖縄側が作っていますが、地球からの光モールスと同じ様に「帰リキタレ」と当時の沖縄県民に訴えていたのでしょう。米軍統治下から抜けだして、日本に帰れ、と。

それはかつて「沖縄県民カク戦ヘリ」と賞賛を受けた戦前の人たちらしい愚直なまでの生真面目さから来る誇りだったのか、それとも連日のように(これはそう表現するしか無いぐらい本当でした)幾つもの米兵がらみの事件が起き、爆音が鳴り響き、自治も権利も認められないという環境から脱出したいという心が生み出した希望と自己暗示だったのか。

ともあれ、このほぼ10年後沖縄はアメリカの正式な領土になる事も他の国のものになる事も、当然のことながら独立も拒否して「日本」に戻ってきます。

そして皮肉にも「本土のカレーいよいよ沖縄でも!」と鳴り物入りで発売が開始されたオリエンタルマースカレーは今現在、沖縄のみで販売が続くという事態となりました。
が、それもまた「帰るべき日本本土」への憧れが維持させてしまったのでしょうか。