「あそびにいくヨ!」ができるまで

「シュレイオー」という作品は「初めて自分にとって等身大の沖縄を描いた」というのともう一つ「実験」をしております。
それは「クール型、姐御型じゃ無いぽやーっとした女の子を描く」ということ。
それがあの中に出てくる虎鈴というキャラクター。「疾走れ、撃て!」にも同名のキャラがいますが、こちらは虎人間で、脳天気で特撮オタクというキャラクターでした。
背が高くて、お人好しでのんびりしていて、という「いい娘」。
このキャラのモデルは広江礼威先生の漫画「SHOCK UP!」の後半に出てくるヘルメスというキャラクターでした。
幸い、このキャラクターは好評で「こういうのも俺書けるのか」と少し自信ができました。

シリアス半分、コメディ半分のシュレイオーは続きを書きたかったんですが諸事情合って中断、そしてとある人の仲立ちで創刊して間も無いMF文庫Jに飛びこむことになりました。

で、私にしてはもっともシリアスで閉塞感満載の作品「シックス・ボルト」と格闘し、3冊まで出版したものの、1巻が再版されたのみでシリーズは打ち切り、レーベルからもお仕事の話が途絶えてへとへとになった私は、『今度は脳天気なコメディがいいなあ」と思うようになっていました。

さて当時CSでようやく「通し」で「地球の止する日(1958年)」を見て、今のアメリカ映画と違い「異星人という存在に脅えたあまり道を誤ろうとするアメリカとそれを受け容れてしまうぐらい懐が深い宇宙人」を見、最近テレビドラマにもなった「地球幼年期の終わり(今は『幼年期の終わり』のタイトルで新訳本が出てます)」や他の「善意ある宇宙人とそれを信じられない地球人」という作品を色々思い出し、「とても信じられない姿の異星人がやって来て、殆どの地球人が『罠だ!』と脅える話はどうだろう」と考えたとき、「一番『人を馬鹿にしている!』という姿はなにか?」ということでふと思い出したのがいちか(当時は井草という名前でしたが)のモデル、「戦え!イクサー1」でした。
アレは原作ではちゃんとネコミミなんですが、アニメ版ではエルフ耳、とでもいうような奇妙な耳になってまして……で、他にも原作のほうが「おバカキャラ」なんですよね。
で、アニメ版は生真面目で優しい「いい娘」で……いや話が脱線しました。
そしてSF小説「降伏の儀式」の中でお手上げ状態になった政府機関が、SFファンをよってたかって集めて侵略異星人対策をさせる、という話があると知り、彼らでさえ「こんなんいるかー!」と怒るようなものが来たら? と考えると、一番怒られるのは「日本語を喋る、ネコミミ尻尾の宇宙人」だろう、と。
ではそんな「ネコミミ宇宙人」が東京でもワシントンでもモスクワでも無く、極東最大の軍事基地の沖縄にやって来て「お友達になりましょう」と言った場合人類は信じてくれるかしら、というあたりで、ドタバタコメディに出来るだろう、とぼんやり当たりをつけたわけです。

で、思いっきり単純なタイトルがよかろう、ということで「あそびにイクよ?」というエッチにも触れそうなタイトルが同時に出てきました(これはさすがに編集部に修正されました。英断だったと思います(笑))。

その時のプロットでは騎央君はもっと真面目な苦労人で、ネコミミ宇宙人はまだアヤメという、井草の妹としてシュレイオーに出てきた奴を若返らせたキャラを想定していました。
その時作ったプロットがこちら。

プロトタイプ「あそびにいくヨ!」|神野オキナ・雑文集|note(ノート) 
タイトルのおかげか、あっさり編集会議は満場一致でこの作品を通してくれたのはリンク先にあるとおり。
ところが執筆をし始めたら頭の中でキャラが動いてくれない。
小柄で悪戯っぽくって頭が良くニシャニシャ笑うようなキャラだと、このプロットの中ではすごく意地悪に見える……で、かくしてアヤメは降板となり、虎鈴の性格と「サクラ大戦3」のヒロイン、エリカのステージ衣装と外観をくっつけてしまえば……と言うことでエリスが生まれました。
アニメ化のお陰で忘れている人も多いんですが、実はエリスの髪の毛は赤で、前髪にメッシュで金が入っているという二毛猫だったわけです。
それでもお話は難航し、夜中に作家仲間の榊一郎さんに、思い悩んで「このキャラクターを小柄な美少年キャラにして、戦闘無口系ヒロイン、双葉アオイを巨乳にしてメインヒロインに昇格させてしまえば、と思うんですけれどもどうでしょう」と相談したりもしましたが、榊さんは賢明にも「それは止めた方が良いです」と諭してくれました。
かくて、騎央君は「全てにおいて主役級の能力がないことから、万事に一歩引いて物事を見られる」という隠し特殊能力持ちとなり、アオイの胸は増量されず、真奈美は幼なじみだけど親友、というポジションに納まりました。
そして唸っているウチに昔見た映画、「スターファイター」という小品の中に出てきた主人公たちの近所の人たちが脳裏に浮かんできました。
映画の内容は省きますが、トレーラーハウスに住んでいる、いわゆる「プア・トラッシュ」と呼ばれるような階層の人たちはみんな脳天気に優しくて、最後、宇宙人達に懇願されて一緒に旅立つ主人公を見送るわけです。
ああいう感じのご近所さんならどうだろう。
で、もうひとつ要素が。
母方の大叔父や祖父が生きていた頃、沖縄独自の亀甲墓で、キャンプをしてました(いやそれぐらい広くて山の中にあったんです)。時には年越しキャンプをそこでやってたほどです。だから「シュレイオー」ではセイフ・ハウスとして亀甲墓を使ったわけですが、これを「脳天気の象徴」として出そう、ということで、あのオープニングになりました。
アニメでは違う場所を使いましたが、当時のイメージでは那覇空港近くのTSUTAYA裏手にある大きな亀甲墓がモデルになっています。
小さな家が一軒丸ごと入りそうな前庭部分がありまして、そこに親族一同ひしめいていたらいつの間にかよその人間が混じってて、異星人でも大体似てて、言葉が通じるなら文句ないよね、とやっているのをポカンと見ている主人公、という暢気な場面が出来たところでようやく、この小説は動き出したと言って良いと思います。
「シュレイオー」では「市街地被害を少なくするために」嘉手納基地での巨大ロボの大乱闘を行いましたが、「あそびにいくヨ!」1作目では嘉手納基地の中に潜り込み、ヒロインを奪還するというリアルに近いドンパチをすることになりました(そのほうが異星人の超技術でオチをつけるときに圧倒的な印象を読んでいる人たちに与えられるためです)。

そして、放電映像さんがホイホイさんもガレージキットも知らなかったことからアシストロイドという傑作デザインのキャラが生まれ、全てが揃って13年近い物語の旅が始まるわけですが、当初はそんなことを思いもしませんでした(笑)
兎に角終わった、妙に楽しい物が出来た、少なくとも「新しいこと」が出来た、という満足感で、一週間もしないうちに電話が鳴って「重版です」と言われたとき、むしろポカンとしていたのを覚えています。