ご報告まで

4月8日(金曜日)の朝、3月末に父が肺がん性の胸水で入院していた病院に呼び出され、急速に血圧が下がり、もともと心筋梗塞以来何度も手術をしていた心臓がもう持たない、今週は越えられないだろうから、会いたい人、会わせたい人がいれば呼んで下さい、と言われ、大慌てで病室へ会いに行ったら本人はまだ意識はっきりしてて「サンドイッチが食べたいから買ってきてくれないか?」というので「今日一日はまず大丈夫」と思い買いに出て、ついでに父の部屋から父が聞きたがっていたカセットテープを取って数十分後に戻ったらもう病室を変えねばならないぐらいの危篤状態でした。

実質、病状が深刻になったのは最後の15分から20分ぐらいで、本人が一番恐れていた母や祖母の時のように癌の痛みに何年ものたうつことや、長期の植物人間状態になることもなく、駆けつけてくれた、我が家とは一番仲良くしてくれていた叔母とその娘さんに看取られつつ、あっけないぐらい簡単に逝きました。

現役を引退して10年以上、親しい友人や知り合いも殆ど鬼籍に入られるか縁遠くなった父でしたが、地方紙に出した死亡広告を見て、駆けつけてくださった方たち、献花弔電を送って下さった編集部様、出版社様もあって、告別式は無事に終了いたしました。 ここに御礼申しあげます。

父の晩年、不幸中の幸いだったのは肺がんが原発性で心臓のリンパ節以外の場所へ転移しなかった故か、食欲にあまり影響が出ず、抗がん剤もそれまで心臓を数回手術したせいで強いものが使えなかったため、最後まで「アレが食べたい、これが飲みたい、あれが欲しい」と言い続けてくれたことでした。

おかげで頭にも影響はなく、最後の前日まで本を読み、テレビ見て、ラジオを聞いてということもしてましたし、会話も普通にしてました。

特に食欲は旺盛で、胸水が貯まって入院してからは血圧が下がりまくりだったので、最後の一週間、酒と煙草の次に好きなコーヒーは止められてましたが、死ぬ前日にホットドッグ食べてコーラを飲み、「今度はピザがいい」と言うほどで。

そんなこんなで葬儀も無事に終え、さらに父の部屋の整理を終えたので、一段落付いたと言うことでここにご報告する次第です。

とはいえ未だに、もう父が此の世に居ないというのはピンときてないところがあります。 悲しいと言うよりも「寂しい」です。

またこの2年ちかく、このこと(心臓関係の入院、がんの告知とそちらの入院治療、退院あとの再入院等々)などがありまして、色々仕事やメール、メッセージの御返事が遅れたり途切れたりしておりました、ここにお詫びいたします。

特にこの二ヶ月は父の入退院の頻度が上がり、こちらの更新も滞りがちでした。
重ねてお詫びいたします。

明日の初七日を終えたらさっさと通常業務に戻るべく頑張らせて頂きますので、皆様、どうぞよろしくお願いいたします。

まずは御礼とお詫びをかねたご報告まで。

神野オキナ拝