小山田いく先生逝去

……ボンバー弾→プラレス三四郎、すくらっぷブック、るんるんカンパニーが連載されてた頃のチャンピオンはピーター葉夢の連載されていた少年キングと並んで小~中学校までの人生の支えだったなぁ、と溜息交じりに思い出します。

ボンバー弾やプラレス三四郎は完成度の高さもあって純粋に「楽しみ」でしたし、こういうものが作れたらいいなあ、という「憧れ」で………またそれは語る機会もあるので今回は「すくらっぷブック」の話。

「星のローカス」や「ウッドノート」などは他に語る人もいるでしょうし、相応しい人もいるでしょうが、この作品に関してはそういうのを乗り越えて語りたいので、言葉足らずはお許しください。

「すくらっぷ・ブック」はリアルタイム読者だったころを振り返る今となっては、私にとって「親しみのある、ささやかな希望」だったと思います。

小学校六年間、ひどい目に遭いっぱなしだった私は、中学に入ればこんなクソみたいな状況は終わるんだ、と信じてボロボロになるまで単行本を読みながら歯を食いしばっていたのです。

中学になったらもっと大人で、わかり合える人たちに会えるのだと信じていました(それは愚かな小学生なりの自己防衛だったんでしょう)。

私事でありますが、世間様とはともかく、中学入学の最初の週にすくらっぷ・ブックの最終回掲載号が発売されて(当時の沖縄は二週間~三週間遅れ)、そこからさらに辛い三年間が始まったのは、自分の中で凄く象徴的でして。実際、中学になってもそれは小学校に居た連中が上に上がるだけで急速に大人だらけになるわけではなく、私はさらにつらい三年間を過ごすことになります。

それとは別に物作りのなかで、理想の学園ものの指針のひとつは間違いなく「すくらっぷ・ブック」でした。恐らく、他の猛烈に苦い部分のある小山田作品じゃなかったのは、この作品が唯一「ほろ苦い所もある甘い物語」だったからでしょうか。

キャラクターたちも大好きでした。

雅一郎とマッキーのキャラは間違いなく後のいちかとチャイカ、矢真科ユリネに影響を与えてますし、カナちゃんは双葉アオイに、塗り壁電卓ことイチノと、そのサッカー仲間(あとを受けて始まった『ぶるぅピーター』の主役)との関係は「疾走れ、撃て!」の主人公・田神理宇とその親友、三隅裕也の関係描写の根底にみず谷なおき先生の「人類ネコ科」と共にあります。

だから「あそびにいくヨ!」で騎央たちは映像研究会に所属し、みな映画を撮るわけです……出来れば最後に(16巻から17巻の間ぐらいに)彼らの「カッシーニ間隙」を撮らせてやりたかったですが……。

そして晴ボンは間違いなく嘉和騎央と田神理宇のキャラクター造形の根底に存在している「善なるもの」の基本モデルです。

そこに「中学生でも超人的な大活躍をしていいんだ」という笹本祐一先生の「妖精作戦」がくっついたものがベースになって、今の私の作品群があるのは間違いなく。

そして先日発売された「疾走れ、撃て!」は小山田先生の「ぶるぅ・ピーター」を意識した集団劇をやろうとしたものです。

ラストの場面は「ぶるぅ・ピーター」と「すくらっぷ・ブック」の最終回からインスパイアされたシチュエーションでした。

大きなものを、いっぱいいただきました。

小山田先生、どうぞ、安らかにお休みください。