新作の準備をしております

「あそびにいくヨ!」も「疾走れ、撃て!」も終わりましたし、今年は「ウォーロック・ウィッチクラフト」や「イコライザー!」という短いシリーズもありました。
継続するというのも大変ですが何よりも大変なのは新しい作品の立ち上げです。
まして、今年で文筆で飯を食うようになって20年、神野オキナは15年を過ぎます。
そうなると人間色々「手癖」や「慣れ」というものがついてきます。
また長年やってきたことによる「イメージ」というものもあります。
イメージと言うより「期待」ですね。

これをどうするかが今現在のテーマです。
別に悪いものとは限りません、ただだらだらとやっていてはいけないという自覚がようやく出てきたということです。
そして肉体年齢という厄介なものとどう付き合っていくか。
30才までは勢いと夢の力だけで身体は無茶を引き受けてくれますが、それ以後は身体と相談することをしないと、夢を叶える前に身体が壊れることとなります。

私の場合、つまり色々なやり方を再検討して、「これからの作品」や「これからのやりかた」を根底から考え直す、ということが必要なのだということです。

実は最前線で戦ってる物作りの人たちはそれを無意識のうちにやっているか、それとも意識してやってるか、という部分、結構ありまして。

私の知り合いで言えば、「棺姫のチャイカ」や「まかでみ」「スクラップド・プリンセス」などで知られる榊一郎さんが、お弟子さんや編集さんとの関係をしっかり作り、そこから導いて意識的にそういうことを自動チェック出来る様な「システム(あるいはルール)」を自分で作り上げて運用しています。

じゃあそれを真似すれば……というわけにも行かないのが物作りの常で、私は榊さんではなく、榊さんは神野オキナではありませんから、独自のものを作る必要があるわけです(というのは簡単ながら、実際にはここに色々な罠があるのですが割愛します……説明しきれるものではないので)。

そう考えると12年近く続いたシリーズと8年近く続いたシリーズがほぼ同時に終わるというのもひとつの象徴のような気がします。
次の12年、次の8年、どうやって作っていくか、生きていくのか。

自分なりの「システム」や「ルール」……あるいは道具(ツール)を作りつつ、次の仕事も仕込むというドタバタの日々でございます。

 

ではまた明日(神野オキナ)